現代に生きる武士の屋敷に、英国紳士がホームステイ!? 萩尾望都の描く表紙も目を惹く榎田ユウリ20周年記念小説

文芸・カルチャー

公開日:2021/6/1

武士とジェントルマン
『武士とジェントルマン』(榎田ユウリ/KADOKAWA)

 日本には、いまだに武士制度が現存していることをご存じだろうか。発端は1964年、東京オリンピック。かつて武家だった家の青少年を中心に、有志のボランティア活動として「侍組」が結成され、竹光を腰に差した武士装束の人々が警邏や道案内にあたったという。その活動が評価され、正式に制度化されたその正式名称は〈伝統文化の保持並びに地域防犯への奉仕を目的とする新しい武士制度〉。……というのはもちろんフィクションで、小説『武士とジェントルマン』(榎田ユウリ/KADOKAWA)の設定である。

 日本の大学に講師として招かれた英国紳士・アンソニー(40歳)が、現代に生きる武士・伊能長左衛門隼人(27歳)の屋敷にホームステイすることになるというブロマンス小説。その表紙で立ち並ぶ2人を描いているのは、なんとマンガ家の萩尾望都氏。さらにページをめくれば主要登場人物8人が描かれているという豪華さなのだが、内容も著者のデビュー20周年を記念するにふさわしい読み応えである。

 立ち居振る舞いだけでなく、言葉遣いも古めかしい隼人は、武士になるべくして生まれてきたような男だ。同じ武士なのに金髪でチャラけた言葉遣いの頼孝いわく、隼人は現代武士のなかでも相当レアな“ガチ武士”。けれど、どうやら望んでそうなったというよりは、祖父による英才教育の賜物だということが、だんだんわかってくる。教育と呼ぶには厳格すぎる、一種の呪縛を隼人が背負っているらしいということも。

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 隼人自身は、過去について多くを語りたがらない。わかっているから、アンソニーも聞かない。ただ、常に自分を律し、誰に対しても誠実で優しい隼人を尊敬しながら、垣間見えるあやうさを案じていた。そんなある日、他人を助けるために、隼人がためらいなく自分の命を投げ出そうとするのを目撃してしまう。それが隼人にとって、祖父の理想とする〈覚悟を持った武士〉をめざすための行動で、「二度とそんな危険なことをするな」なんて簡単に言うことはできないと知ったアンソニーは、考えあぐねた結果、隼人に問う。〈――悲しい、という漢字の、成り立ちを知っていますか〉と。そして〈上の部分は、左右に分かれることを意味する形。下はそのまま、心、心臓です。まるで引き裂かれた心臓みたいではありませんか。そんな思いをするのは誰だって……私だって、いやです。つらいです。怖いのです〉と続ける。

 なんて美しい説得だろうか。アンソニーは、理解の及ばないものに対して常に、深い探求心と洞察力をもって寄り添おうとする。決して否定せず、わかったような顔もせず、フェアに受け止めようとする。そんなアンソニーだからこそ、武士としてかくあるべしという呪縛から隼人を解き放つきっかけとなれるのだ。

 ちなみに本作の冒頭には〈先入観を持たずに行きたまえ〉というアンソニーの師のセリフがある。その言葉どおり、読者の先入観をあらゆる形で覆していく武士とジェントルマンの交流譚。隅々まで驚きと発見に満ちているうえ、頼孝をはじめとする武士仲間や、脇をかためる少年少女剣士たちもいい味をだしているので、遠からず第2弾が刊行されることを期待したい。

文=立花もも

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