ソーシャルビジネスだけで売上55億円――ビジネスの固定観念を覆す、社会起業家・田口一成氏の待望の初著書

ビジネス

公開日:2021/6/8

9割の社会問題はビジネスで解決できる
『9割の社会問題はビジネスで解決できる』(田口一成/PHP研究所)

「より大きく、より速く、より効率的」と爆進をつづけてきた資本主義が空回りをしている。『9割の社会問題はビジネスで解決できる』(田口一成/PHP研究所)は、日経ビジネス「世界を動かす日本人50」に選出され『カンブリア宮殿』『ガイアの夜明け』にも出演を果たした社会起業家が、「脱・資本主義」を目指して邁進してきた今までとこれからを自ら記した一冊だ。

 著者が代表取締役社長を務める株式会社ボーダレス・ジャパンは、ソーシャルビジネスしかやらない会社だ。ソーシャルビジネスは、社会問題解決や事業が社会に与える好影響(ソーシャルインパクト)を最重要視し、利益や効率を追求する企業とは歯車の根本が異なる。しかし、同社では売上が二の次になっているのではなく、ソーシャルビジネスだけで55億円の売上をあげている。「それってどうやっているの?」という誰しも気になる点が、様々な書類のフォーマットまでをも含めて惜しげもなく本書には共有されている。

 同社はグループ会社制を採り、現時点では世界15カ国で40社が事業を展開している。代表的な事業は、母乳育児向けハーブティの「AMOMA」、日本人と外国人の入居比率の調整をした上で有意義な国際交流を提供するシェアハウス「ボーダレスハウス」、良質な革製品の提供だけではなくバングラデシュの牛革資源の有効活用と現地での健全な雇用を実現している「ビジネスレザーファクトリー」などだ。

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 ボーダレス・ジャパンとグループ各社はいわゆる「親会社」「子会社」という関係ではなく、畑と作物のような包含関係で、その運営スタイルは「恩送り経営」と名付けられている。黒字事業を展開する数社の利益を活用して、他の挑戦的な数十社の立ち上げ・成長・自走をサポートする仕組みだ。「恩送り経営」で育ち巣立った社会起業家たちは、利益や成功経験を独占することなく、必ずまたその仕組みを支え、変形させ、進化させていく「種をまく側」に戻ってくるという。

利益を出すことがこんなに大変なのに、先輩たちがその利益を拠出して支援してくれたおかげで、今の成功がある。恩返しをしたい。ところが先輩たちはすでに利益は出ているので、恩返しは要りません。だったら、今度は自分がお金を出す側に回って、自分が受けたものと同じサポートを次の社会起業家も受けられるようにしよう、と思うのです。

 本書には、著者が25歳で独立してから15年以上の間、どんな空の下でもひたすら鍬で畑を耕すように、絶えなき葛藤と地道な実践をつづけてきた様子が綴られている。数え切れないほどの気付きや発想の転換を経ていることが文章一行一行の厚みから伝わってくるが、特に、著者が創業5年目に東京の本拠地を離れて、自分が生まれ育った福岡に拠点を開設したときのエピソードが印象的なのでご紹介したい。

 よりよい社会を実現するためには、グループ会社を年間100社ぐらいのペースで立ち上げる必要があるというビジョンを著者は持ち続けてきた。その目標へ向かうとともに課題として感じていたのは、「企業カルチャー」をどのように共有するかという点、つまり、どのようにグループ各社の一貫性を持たせるかという点だった。

 しかしあるとき、カルチャーというのは意図的に作り出されるのではなく自生していくものだと気付き、「カルチャーの共有は必要ない」と悟ったという。

数時間みんなで議論し合ったあと、出した結論はカルチャー不要。人として、そしてボーダレスグループに集う上で大切なこと「エコファースト」「ファミリーワーク」「Something New」という3つの精神は、今後僕たちの共通言語として大切にしながらも、各社それぞれのスタイル・やり方で自由にいこう、と、決めたのです。

「カルチャー(culture)」の語源には、「耕す(cultivate)」という意味合いがある。カルチャーという華やかさを目指さず、地道に土壌を耕すことこそがカルチャーを生み出す方法だと察知した著者は、その後も社会起業家を育成するボーダレスアカデミーや、電気料金の1%を社会貢献活動の支援に寄付できるハチドリ電力など、新たなカルチャーを次々と作り出している。周りではグループ各社の花が咲き、新たな事業のタネが着々とまかれている。その同じ土壌に足を踏み入れるための長靴を履かせてくれるような本書は、自分のビジョン実現に向けて一歩を踏み出す勇気と実践的な方法を読者に教えてくれる。

文=神保慶政