無事に生まれること、いまを生きていることは決して当たり前ではない。NICU(新生児集中治療室)という場で紡がれる命の物語

文芸・カルチャー

公開日:2021/6/16

この場所であなたの名前を呼んだ
『この場所であなたの名前を呼んだ』(加藤千恵/講談社)

 無事に生まれること、健康に育つことは、決して当たり前ではなく奇跡なんだ。

『この場所であなたの名前を呼んだ』(加藤千恵/講談社)を読了後、僕が感じたことだ。本書の舞台はNICU(新生児集中治療室)。生まれてすぐに治療が必要な新生児が預けられる場所だ。そこでは小さな命が、生きるために必死に病気や障害と闘っている。

 ちなみに僕も2000g弱で生まれ、しばらくの間NICUにいたことがある。もちろん当時の記憶はないが、親は気もそぞろで夜も眠れなかったという。物語はフィクションではあるものの、そんな親たちの気持ちが丁寧に描かれている。命の尊さや重みを最後の1ページまで強く実感できたのは、本書が初めてかもしれない。

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 それらを特に強く感じたのが第4話「願う場所」だ。物語は主人公・佳那のお腹の中にいる赤ちゃんが18トリソミーだと告げられるシーンから始まる。18トリソミーは、別名「エドワーズ症候群」とも呼ばれ、18本目の染色体の数が1つ多い病気のことだ。根本的な治療法はなく、半数以上が生後1週間以内に亡くなってしまう。生後1年生存する割合も10%未満だ。それでも佳那は「自分のところに来てくれた命だから」と、出産する決意を固める。

 ただその決意と同時に、佳那はいままでの自分の生活を悔やみ、毎日のように自分を責め続けてしまう。主治医には何度も「決してお母さんのせいではない」と言われるが、本当にそうなのだろうか。妊娠がわかってからも仕事を続けたのが原因? 食生活がいい加減だったから……? そもそもどうして自分の子どもなのか。考えだすときりがない。いつしか彼女の心は、見えない何かを恨む気持ちでいっぱいになってしまった。

 37週目、彼女は女の赤ちゃんを産む。名前は「心」と書いて「ここ」だ。死産ではなく無事に生まれてきてくれた心、どんなときも励まし支えてくれた医療従事者に感謝する佳那。心が18トリソミーだとわかった日から自分のことを責め続けていたが、そんなことはもうどうでも良い。それよりも頑張って生まれてきてくれた心に感謝したい、できることなら何でもしてあげたいという気持ちの方が強くなっていく。もちろん、心があとどれくらい生きられるかわからない不安はある。ただ佳那は、最期まで心の良い母親でいてあげようと決める。

 物語はここから、NICUでの佳那、夫、心3人の触れ合いが丁寧に描かれる。いつ亡くなってしまうかわからない心を前に2人が抱いた思い、かけた言葉に涙が止まらなかった。

 本書は他にも、NICUで働く看護師や、子どもの親の心をケアする臨床心理士、清掃員など、さまざまな視点からNICUをめぐるドラマが描かれている。どれも命の尊さや重みについて考えさせられるエピソードばかり。ぜひ1ページずつ、ゆっくり読み進めていただきたい。

文=トヤカン

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