逮捕から更生までを赤裸々に描いた、元薬物売人による告白

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公開日:2021/7/2

薬物売人
『薬物売人』(倉垣弘志/幻冬舎)

本記事には一部不快感を伴う内容が含まれます。ご了承の上、お読みください。

 以前、元ヤクザで前科7犯、違法薬物の元売人であり自身も元覚せい剤中毒者で、3度服役したことがあるSさんにインタビューをしたことがある(更生され、今は人を救う仕事をされています)。

 Sさんによると、違法薬物の売買や所持で捕まるのは路上での職務質問が圧倒的に多いという。それを避けるため、Sさんは職務質問がない高速道路をメインに使っていたそうだ。高速道路の出口のすぐ横にあるホテルを根城にして、注文が入ると高速道路の出口付近の地点を受け渡し場所に指定、車を運転して高速道路を走り、出口付近で買い手と接触すると品物を渡して金を受け取り、そのまま反対側の高速入り口からホテルへと戻る生活を続けていた(が、その後逮捕されています)。

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 近年、有名人の違法薬物での逮捕が続いたことがあったが、売買の現場というのはどんなものなのか、またどんな場面でどう言葉をかけるのか……そんなことを考えていたところ、『薬物売人』(倉垣弘志/幻冬舎)というそのものズバリのタイトルの本を見つけた。著者は田代まさしに違法薬物を売っていたことで警察にマークされて逮捕、服役した人物だ。大阪出身で、六本木でバーを経営しながら客を選んで違法薬物を売り捌き、自身も使用していたという。

 違法薬物をどう仕入れて、受け渡しはどうやっているのかといった詳細な描写、そして商売敵や薬物依存症の人から命さえ奪われかねない危険と隣り合わせであることも包み隠さず書かれている。また文章を書くプロではないがゆえに、薬物を前にしたときの心情や身体の変化、接種した際の描写がとてもリアルなのだ。例えばしばらく違法薬物から遠ざかっていた著者が、ミュージシャンで違法薬物を常用する「ミタさん」が店へ来ると連絡をしてくる場面。

 数日後、ミタさんが本当にやってきた。「今、六本木交差点や」電話に出ると、いきなりそう告げられた。店までの道順を説明して電話を切ると、その瞬間から店にいる俺は、なんだかソワソワしだし、屁を立て続けに連発して、あげくの果てにはウンコがしたくなってトイレに飛び込んだ。

「アカン、完全に、湧いてるやん」そう声に出していた。シャブにまつわる話をしている時や、シャブを目の前にした時などに出る症状で、脳が覚えている記憶を呼び覚まし、興奮状態になり、シャブを体が欲しがり、緊張して屁を連発し、ウンコがしたくなるのだ。

 実際に現場を見たり、違法薬物をやったりした人でないとこうは書けないだろう。また服役中の刑務所内での描写もあるが、収監されている人同士がお互いの罪について話をするシーンで、凄惨な事件のことがサラッと書かれており、背筋がゾゾッと寒くなった……。

 またこの本にはきちんと会社などで働き、週末だけ違法薬物を楽しむ人が出てくるが、決してこんなことは真似をしないでもらいたい。違法薬物は1回の使用だけで脳の回路を変え、確実に肉体と精神を蝕む。「多幸感」などとよく言われるが、残っている人生の時間と健康を凄まじい高利で先食いしているだけだ。そして知るべきことは、表向きは普通の店で違法薬物が秘密裏に取引されているということ――遠い世界の話ではなく、身近なところに入り口はポッカリと開いているのだ。私たちは普段気づかずにその前を通り過ぎているだけで、ちょっとした拍子で誰でもその穴に落ちてしまうということを肝に銘じておきたい。

 Sさんは取材の間、何度も「人は必ずやり直せるんです」と言っていた。そして本書の著者は今、南の島で真面目に働き、やり直そうとしているそうなので、どうかこのまま真正直に生きてほしい。そして薬物を手渡した人たちに与えた影響の大きさと罪の深さについて考える続けること、巻き込んでしまった周囲の人たちへの償いの気持ちもずっと持ち続けてもらいたい。

文=成田全(ナリタタモツ)

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