“介護・福祉サービスのコーディネーター”といわれるケアマネジャー。彼ら彼女らが守ってくれているものとは

文芸・カルチャー

更新日:2021/9/2

ケアマネジャーはらはら日記
『ケアマネジャーはらはら日記』(岸山真理子/フォレスト出版)

 突然、自分の親や子どもを介護することになった。交通事故や病気によって介護なしでは生活が難しくなった。そんなときに頼るべきなのが「ケアマネジャー」だ。正式名称は“介護支援専門員”。彼らは、介護や支援が必要な人に適切なサービスを提供し、市町村やサービス事業所、施設、介護サービス利用者の家族との連絡・調整をするのが主な仕事である。

 ただそうはいっても、彼らケアマネジャーの仕事や現状を詳しく知っている人は多くないだろう。なぜなら、彼らを知るのは自分もしくは親族に介護が必要になったときだからだ。僕自身も、『ケアマネジャーはらはら日記』(岸山真理子/フォレスト出版)と出会うまでは、ケアマネジャーについて詳しく知らなかった。

 著者の岸山真理子さんは、御年68の現役ケアマネジャーだ。作中には、著者の岸山さんがケアマネジャー歴21年の中で経験したさまざまな出来事と、それに対する思いが事細かに綴られている。中でも、第4章「心配ないよ」の話では、彼女のケアマネジャーとしての信念、介護サービス利用者とのその家族を大切にしたいという思いが強く感じられた。

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 ときはコロナ禍。岸山さんは、右大腿骨頸部の骨折で入院し、入院中に持病の気管支拡張症が悪化、体が衰弱し切った95歳の橋本キヨ子さんとその家族とともに、今後の生活について考えることになった。病院からは「コロナ禍のため入院中の面会は一切できない。退院するなら今のうちです」と言われたものの、家族が岸山さんに告げたのは「衰弱した母を家で介護し、看取る自信がない」という言葉だった。

 おそらく一度退院すると、病状が悪くなっても再入院は難しい。また家族にキヨ子さんを介護していく自信がない以上、キヨ子さんの在宅復帰(居住地に退院すること)という目標を立てるのも現実的ではない。

 しかし、岸山さんは「こういうときに介護サービス利用者と家族を精一杯支援するのが、ケアマネジャーの役割だ!」と言い、奮起する。彼女は21年間の知識と経験をフルに活用し、キヨ子さんと家族が不安なく生活を送るためのプランを立てて提供した。その結果、家族に負担がかかることなく、キヨ子さんはデイサービスに週3回通えるほどまで体調が回復した。これが退院からわずか1カ月後の出来事だというのだから驚きだ。

 入院と病状悪化によって看取りに備える話まで出た高齢者が、退院後の手厚い看護と介護サービスによって在宅復帰する。この結果は言うまでもなく、岸山さんの功績だろう。彼女の知識と経験、そして介護が必要な人とその家族を大切に思う気持ちが導いたのだ。もちろん、現場で実際に介護や看護に携わった方々のおかげでもあるが、岸山さんが奮起しケアプランを立てなければ、キヨ子さんの在宅復帰は実現しなかったかもしれない。

 岸山さんはキヨ子さんたち家族にどのような介護サービスを提供したのか。また、彼女がここまで介護サービスの利用者と家族を大切にしたいと思えるのはなぜか。詳細はぜひ本書を通して知っていただきたい。

 実は岸山さん、まえがきで「私は優秀なケアマネジャーではない」と語っている。ただ僕には、とてもそんな風には思えなかった。作中で彼女が見せるケアマネジャーとしてのさまざまな配慮や支援は「彼女だからできたことなのでは……?」と思うことばかりであり、何より68歳という年齢になっても、介護業界の最前線で働いていることが凄い。岸山さんは本当に優秀なケアマネジャーであり、この仕事が本当に好きなのだろう。僕はそう感じた。

 岸山さんがいつまでケアマネジャーとして働き続けるのか。それはわからない。でもきっと、いまこの瞬間も、介護が必要な人とその家族に安心して生活してもらうため、彼らがふと漏らす切ない言葉に寄り添うため、彼女は本書の表紙のような顔をして自転車を走らせているはずだ。

文=トヤカン

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