男女の四方山話、しょうもない失敗… 1000年経っても人は変わらず! 悲喜こもごもな『今昔物語集』は、今読んでも面白い

文芸・カルチャー

更新日:2021/9/7

今昔物語集
『今昔物語集』(作者未詳、大岡玲:訳/光文社)

 世界中の名作をラインナップする光文社古典新訳文庫に、日本を代表する古典『今昔物語集』(作者未詳、大岡玲:訳/光文社)が加わった。

「ありおりはべりいまそかり(ラ行変格活用動詞)」を始めとした難解な文法でつまずき、敬語は判別できない、主語が誰だかわからない、生活習慣も謎、百人一首で暗記はしたけれど和歌の意味はチンプンカンプン、でも日本語なので読むことだけはできる、けど理解不能……そんな各種“古文アレルギー”によって、日本の古典を読んでいない方はけっこう多いのではないかと思う。しかしそれは完全なる間違いである、ということをお伝えせねばならないでしょう!

 収められてたすべての物語が「今は昔(今となっては昔のことだけど、という意味)」から始まるのが『今昔物語集』のルールだ(※1)。しかしそれ以外はほぼノールール。ボクシングで言ったらほぼノーガードの壮絶な打ち合いくらい、人と人が全力でぶつかっている物語ばかりなのだ。

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 しかも『今昔物語集』は謎だらけの書物なのである。

・著者、編者が誰だかわからない?(おそらくこの人だろう、というのも不明)
・正確な成立年がはっきりしていない?(おそらく平安時代末期だろう、といわれている)
・原本がない?(誰かが書き写した写本しかない ※2)
・出来てからなんと300年もの間、世に出なかったらしい?(誰かの「読んだよ!」という記録がない)
・巻や説話に抜けがあるが、もともとなかった?(未完……というか、いい加減?)
・『今昔物語集』は「今は昔」と書かれていたからタイトルになった?(しかも誰が名付けたかは不明)

 しかし物語を読んで楽しむには、謎は何の支障にもなりません!(研究者の方には必要ですが)

 本書は「男と女の因果な世界」「武人の誉れ」「悪行の顛末」など、ジャンルごとにまとめられているので、興味のあるところから読んでOK。恋物語あり、宮中スキャンダルあり、呪術合戦あり、男と女の四方山話あり、化け物が出てくる回あり、武士の武勇伝あり、しょうもない人のしょうもない失敗あり、不思議で不可思議な話あり、恨み骨髄な話あり……週刊誌にゴシップ雑誌、芸能人や有名人の噂話やスキャンダル、心温まるいい話、レディコミにイヤミス、真意不明なネットニュースまで全部入りな内容で、抹香臭さや説教臭さはほぼ皆無、「人間って結局のところ、1000年経ってもあまり変わらないんだなぁ」と笑ってしまう面白さなのである。また芥川龍之介の『鼻』『芋粥』『藪の中』などの名作の元ネタになった話も収録されているので、読み比べも楽しいだろう。

 700ページ超のかなり分厚い文庫だが、読みやすく現代語訳されていて訳注も充実しており、しかも短い話がてんこ盛りのスタイルなので、スキマ時間や寝る前に読むのにも最適。古文アレルギーはうっちゃって、人間の業に笑ったり唸ったりしてください。ちなみに光文社古典新訳文庫版は『今昔物語集』から選りすぐった話が載っているので、話にハマって「もっと読んでみたい」と思った方は、ぜひ全集を!

文=成田全(ナリタタモツ)

※1……正しくは、すべての説話が「今(ハ)昔」で書き出され、幾例かを除いて「トナム語リ伝ヘタルヤ」で結ばれることが『今昔物語集』の特徴。

※2……最古の写本である「鈴鹿本」(国宝)は、京都大学のデジタルアーカイブで見ることができる。

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