公開中の映画『護られなかった者たちへ』原作は、震災と社会福祉制度の闇に斬り込む社会派ミステリー!

文芸・カルチャー

更新日:2021/10/25

護られなかった者たちへ
『護られなかった者たちへ』(中山七里/宝島社)

 10月1日より公開中の映画『護られなかった者たちへ』。同作は、東日本大震災から10年目の宮城県仙台市を舞台にした社会派ミステリーだ。陰りを帯びた寡黙な青年・利根を演じるのは佐藤健。市内で起きた殺人事件を追う刑事・笘篠役を、阿部寛が好演している。監督は『64 ロクヨン』二部作、『糸』など、ヒューマンドラマに定評のある瀬々敬久。この映画でも、血の通った人間ドラマを丁寧に描きだしている。

 原作は、“どんでん返しの帝王”の異名を取る中山七里の同名小説。鬼才ピアニストが活躍する「岬洋介」シリーズ、悪辣弁護士が暗躍する「御子柴礼司」シリーズなど、エキセントリックな主人公を描くことも多い著者だが、この作品に登場するのは“市井の人々”。震災で大切なものを失った人々の思いに寄り添いつつ、社会福祉制度への疑義を鋭い筆致で描いている。

 発端は、仙台市内で起きた不可解な殺人事件だった。被害者は、福祉保険事務所課長の三雲忠勝。誰もが口をそろえて「善人」だと称えるこの男性が、全身を拘束された餓死死体で発見されたのである。飲まず食わずのまま放置し、飢餓と脱水状態に陥らせるなど、よほど恨みを買っていたに違いない。宮城県警捜査一課の笘篠は、そう考えて捜査を進めるが、三雲は職場にも家庭にも問題を抱えておらず、暮らし向きも平凡。怨恨とも金銭絡みとも考えにくく、捜査は暗礁に乗り上げてしまう。

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 一方、この事件の数日前、ひとりの模範囚が刑期を終えていた。彼の名は、利根勝久(映画では泰久)。出所まもない利根は、過去に起きたある出来事の関係者を見つけ出そうと躍起になっていた。そんな中、「人格者」として知られる県議会議員・城之内猛留(映画では猛)が死体で発見される。死因はまたもや餓死。三雲と城之内、殺されたふたりに共通点はあるのだろうか。事件を追う笘篠、不穏な動きを見せる利根──ふたりの動向が並行して描かれ、やがて事件はひとつの像を結んでいく。

 そこから浮かび上がるのは、生活保護制度をめぐるさまざまな現状だ。未曽有の災害に見舞われ、生活を立て直せずにいる人。不正受給によって私腹を肥やす人。予算がひっ迫する中、行政と市民の間で板挟みになる福祉保険事務所所員。被災の影響が大きいうえ、県内各地の生活困窮者が流入してきたという仙台市の特殊な事情も語られる。終盤、ある人物が訴えかけるメッセージからは、社会保障の網の目からこぼれてしまった人たちを筆頭に、不遇をかこっているすべての人々に対する切なる思いが伝わってくる。

 映画では、原作から一部設定が変更され、震災の爪痕や人々の絆、社会制度に対する問題提起がさらに色濃く描き出されている。原作と映画で描き方は違うものの、どちらも切実なメッセージにあふれた物語。個人的には、原作で“どんでん返し”の妙味を堪能し、映画で深い余韻に浸るという順番がしっくりきた。原作の文庫版には、中山氏と瀬々監督の対談も収録されているので、両メディアに触れてから読むとより一層楽しめるはずだ。

文=野本由起

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