怪しいのは、住民全員。引っ越し先のマンションに隠されていた「恐ろしい真実」とは?

文芸・カルチャー

公開日:2021/9/5

月の淀む処

著:
出版社:
実業之日本社
発売日:
『月の淀む処』(篠たまき/実業之日本社)
『月の淀む処』(篠たまき/実業之日本社)

 夏の暑さが少しやわらいできても、秋の夜長にはホラー小説が恋しくなる。一口にホラーといっても幽霊が登場したり、人間の怖さが描かれていたりと物語のテイストはさまざまだが、日頃からよくホラー作品をよく読む方は、一風変わった小説を手に取りたくもなるのでは?

 そんな時、ぜひともおすすめしたいのが、注目の気鋭作家によるホラー小説『月の淀む処』(篠たまき/実業之日本社)。作者の篠氏は2015年に、角川書店が主催する怪談文芸の公募新人文学賞である『幽』文学賞短篇部門にて大賞を受賞。

 受賞作を含む連作短篇集『やみ窓』(KADOKAWA)でデビューして以来、独特な世界観の『人喰観音』(早川書房)や幽玄な世界を描いた『氷室の華』(朝日新聞出版)といったホラー小説を上梓。篠節満載な恐怖で、読者を凍り付かせてきた。

 ただ怖いだけではなく、どことなく美しさを感じさせる文章を楽しめるのが篠作品の特徴。本作でも読者は戦慄しながら、唯一無二の世界観に浸ることができる。


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虐待事件が起きたマンションに隠されている「秘密」とは――

 フリーライターの紗季はワケあって、築40年のマンション「パートリア淀ヶ月」に引っ越してきた。

 そのマンションでは数年前、若い夫婦が我が子をスーツケースに詰めて死なせるという痛ましい虐待事件が発生。エントランスに一年中しめ飾りがあるなど、マンション自体もどこか異様な雰囲気を醸し出しており、周囲では幼児行方不明事件が多発していた。

 ある日、紗季は敷地内で行われていた奇妙な盆踊りに遭遇。住民たちは笛や太鼓の音が一切ない中、編み笠を目深に被ったり黒頭巾で顔を覆ったりしながら踊っていた。

 その光景に衝撃を受けていると、さらに驚愕の出来事が。なんと祭りに突然、初老のように見える女が乱入。「人殺し」や「あの子を返せ」などと暴言を吐いていたところ、住民に取り押さえられ、首を損傷。祭りの場から運び出され、どこかへ連れて行かれた。

 自分はとんでもない場所に住んでしまった。引っ越すべきだ。そう考えていた紗季は翌朝、かつて虐待事件が起きた305号室から住民たちがぞろぞろと出てくるのを目撃。

 一連の出来事を隣の部屋に住む雑誌記者の真帆子に話したところ、一緒に事件性の有無を調査することに。協力しながら住民に聞き込みをしたり、かつて起きた虐待事件を調べたりしていると、祭りに乱入した女は虐待事件を起こした岩下芽衣であったことが判明した。

 後日、2人はこっそり305号室へ。すると、部屋の中にあったのは大型の肉切り包丁と岩下の名前が記された骨壺だった…。

 驚愕しながらも調査を続行する2人はやがて、住民たちが持つ奇妙な風習を知り、信じられない光景を目の当たりにすることに。どこかきな臭い住民が住む、不気味なマンション。そこには決して明るみに出てはいけない「真実」が隠されていた――。

1ページ先が予想できない幻想的なホラーミステリー小説

 一般的なホラーミステリー小説は、主人公たちが隠されている真相を必死に突き止めていく展開になっていることが多い。しかし、本作は物語が進む中で紗季自身の“触れられたくない過去”が徐々に明らかになっていき、思わぬ方向に話が進んでいくから面白い。

 割と序盤から「こんな展開になるのか…!」と、つい声が出てしまった。何度も予想を裏切られ、数ページ先がまったく見えない本作は、ホラー小説好きも思わず唸ってしまう斬新な作品だ。

 また、オカルト的な恐怖と人間の狂気的な怖さの両方が描かれているのに、作者の筆力により幻想的な雰囲気に仕上がっているため、一般的なホラー小説が苦手な方でも楽しめるはずだ。

 謎のマンションには果たして、どんなパンドラの箱が秘められているのか。胸にたしかな読後感が残る本作でゾクゾクしながら、秋の夜長のおともにいかがだろうか。

文=古川諭香

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