10月よりアニメスタート!『大正処女御伽話』は、引きこもり少年と天真爛漫な少女との同居から始まる恋物語

マンガ

公開日:2021/10/6

※この記事は作品の内容を含みます。ご了承の上お読みください。

大正処女御伽話
『大正処女御伽話』(桐丘さな/集英社)

 初対面の男女が同居を始める恋物語、ただし舞台は大正時代! それが『大正処女御伽話』(桐丘さな/集英社)である。

「お嫁さんになるために罷り越しました」。千葉の田舎の家で一人ぼっちだった17歳の志磨珠彦(しまたまひこ)の前に、こう言って現れた14歳の少女が立花夕月(たちばなゆづき)だ。

 2人が一緒に住むところからスタートする美しい恋の御伽話は、こうして幕が上がる。

 本編のスピンオフストーリー『大正処女御伽話-厭世家ノ食卓-』がWebサイト「少年ジャンププラス」にて連載中、『昭和オトメ御伽話』(共に集英社)という続編も発売されている人気シリーズだ。さらに2021年10月からTVアニメも放送される話題作を紹介!

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大正時代なら普通? 初めて会った2人がドキドキ同居生活開始

 まずは本作を楽しむためのポイントを説明したい。冒頭に書いたように時代設定は大正で、「当時の言葉、風俗、人々の考え方」を描いた作品だと認識して読む必要がある。

『大正処女御伽話』は「たいしょうおとめおとぎばなし」と読む。1巻の解説によると、大正時代の処女(=處女)とは14歳から25歳の女性で、「(1)赤ちゃんが産める(2)異性と接したことがない(3)未婚」というのが主な定義だったそうだ。

 本作ではまさに結婚前(当時の旧民法では女性の結婚可能年齢は満15歳から)の夕月を的確に表す言葉だった。

 なお本作はいきなり男女がひとつ屋根の下で住む「同居もの」だ。現代の価値観ならドキドキしてしまうが、こちらは大正時代の物語。まだ親が決めた相手と初対面で結婚することもあり得たし、“借金のカタ”として売り買いされる子どももいた。いずれにしても本作では、同居自体は過剰な舞台装置としての意味をもたない。

 とはいえ、17歳の珠彦と14歳の夕月は“お年頃”。この時代ではほぼ大人として認められていても、多感な年代であるのは変わらない。2人はお互いに胸をときめかせることになるのだ。

珠彦の暗い過去を照らす天真爛漫な夕月

 分限者(金持ち)の志磨家に生まれた珠彦は、車の事故により母親、右手の自由、父親の期待、これらを一気に失ってしまう。父親は彼を養生という名目で千葉の別荘に追いやった。のちに「手が不自由な厄介者はきょうだいの縁談に悪影響がある、ついては珠彦を死んだことにする」とまで言ってくる。

 彼は世の中のすべてに嫌気がさして引き籠もり、食欲もなくなり、このまま死のうと思っていた。だが1人で住み始めてまもない大正10年の冬、“雪の白無垢”をまとった小柄な少女がやって来る。

 夕月は右手が使えない珠彦の世話をするために、志磨家からあてがわれた将来の妻だった。珠彦は彼女を無下にはできない。夕月が彼の父に買われたこと、その理由はおそらく“借金のカタ”だと察したからだ。

 こうして始まった許嫁との同居生活。夕月は天真爛漫な性格で明るく、将来の夫に果てしなく優しくしてくる。何より女学校一を誇る彼女の家事と料理の腕は見事だった。あれほど暗く沈み、無表情だった珠彦は、笑えるようになり、怒れるようになり、食欲も湧き、みるみる元気になる。

 それでも卑屈になっている珠彦は「どうして君は僕に優しくしてくれるのだ」と問う。夕月は「会ったこともない男(ひと)の妻になるのは怖かった。しかし現実は違いました。とても誠実でお優しい方、きっと私を大切にしてくださる、だから私も大切にしようと思いましたの」と笑顔で答えた。

 2人はホンワカとした日常を共に過ごし“恋”を育んでいく。何のしがらみもなく、衣食住も足りた生活。それはまるで御伽話のようだった。

御伽話は終わり、2人が歩み出す現実は…

 珠彦は外を出歩くようになり、村人とも交流をもち、友人もできる。仲が良くなかった実の妹・珠子(たまこ)との関係も良好になる。すべては夕月のおかげだ。

 そんな“大正12年8月31日”、夕月は女学校の友人と会うために東京へ泊まりで出かける。翌9月1日、関東大震災が発生し、御伽話の終わりが始まった日になった。

 2人は瓦礫の中で再会し、絆はより深まった。しかし志磨家の次期当主だった長男・珠樹(たまき)が重症を負い、やがて不審な死をとげる。辛い現実が強引に、珠彦と夕月の御伽話の幕を引こうとしていた……。

 2人のラブストーリーの結末はどうなっていくのか。原作は5巻で完結しているので、アニメの前に予習しておくのもいいかもしれない。

文=古林恭

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