福山雅治の功績、ラジオの魅力…『人生のBGMはラジオがちょうどいい』で語られる「あの頃と、あの番組」

文芸・カルチャー

更新日:2021/10/3

人生のBGMはラジオがちょうどいい

著:
出版社:
双葉社
発売日:
人生のBGMはラジオがちょうどいい
『人生のBGMはラジオがちょうどいい』(春風亭一之輔/双葉社)

 私事で恐縮だが、毎日ラジオを聴く。1年365日、聴かない日は1日もない。原稿を書きながら聴き、ご飯を食べながら聴き、風呂場でも、ベッドでも聴く。聴き逃したくない時はトイレでも聴く。こんな生活が定着したのは、スマートフォン・アプリ「radiko」が普及してからだ。なんせ、radikoでは過去1週間前までのラジオ番組を遡って、無料で聴けるようになったのだ。中学生や高校生の頃は手動でカセットテープに録音していたものだが、今は便利な世の中になったなあと思う。

 春風亭一之輔氏の『人生のBGMはラジオがちょうどいい』(双葉社)は、78年生まれの落語家が、ラジオにまつわるエピソードを軽妙な筆致で綴った良書。話題はradikoなどなかった学生時代の話が多く、特に深夜ラジオを巡る回想と回顧がアツい。

 僕が学生の時にラジオを聴き続けた動機のひとつは、想像、あるいは妄想を掻き立てるからだった。著者も僕も聴いていた『吉田照美のやる気MANMAN!』では、吉田氏のパートナーである小俣雅子氏のルックスについて思いを巡らせた。今ならネットで画像検索をすれば一発で分かるが、当時は調べる手段などない。思春期の男性はその声から小俣氏を想像したものだ。

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 というわけで、深夜ラジオとエロティックなネタやトークは親和性が高い。『夜はキラキラ寺チャンネル』には、女性が風呂場でエロワードを囁く、という人気コーナーがあった。『古田新太のオールナイトニッポン』でも、女性リスナーが電話越しに放送禁止ギリギリの用語を囁く名物コーナーが人気だった。著者も僕も、そうやってラジオの洗礼を受けたのである。

 また、著者が重要な番組として挙げているのが、『福山雅治のオールナイトニッポン』。さわやかなイメージのある福山氏がラジオでは、あけっぴろげにエロトークを喋り倒す。当然、喋る声や内容と見た目のギャップに惹かれたリスナーは多かった。福山氏はその後「男性限定コンサート」を行うなど、男性ファンからも兄貴的に慕われるようになる。そのスプリングボードとなったのが件のラジオだったのだ。

 ちなみに、ラジオ・パーソナリティーとしての福山氏の正統な後継者は、星野源氏ではないかと思う。語りの安定感はさすが俳優だと思う一方で、「スーパースケベタイム」という変名でTBSラジオに乱入した様は、実に愉快だった。なお、講談師の神田伯山氏がパーソナリティーを務める『問わず語りの神田伯山』では、下記のようなアナウンスが毎回冒頭に流れる。

 子供の頃、私にとってラジオは大人の本音が聞ける場所でした。今ならネットで本音があふれていますが、人に届く本音、言葉を選んだ本音を聴けるのは、私にとってラジオだけだったと思っております。

 大人の本音。正鵠を得た形容である。さらに言うと、ラジオにはテレビにはないアングラ感があった。著者は13歳の時、友人と『古田新太のオールナイトニッポン』について、クラスの皆には内緒で情報交換をしていたという。今ならSNSでハッシュタグをつけてリアルタイムで感想を述べられるが、当時はツイッターなんてなかった。そのぶん、パーソナリティーやリスナー同士が秘密を共有しているような空気が醸成されていたように思う。

 また、著者は「テレビは皆で見るもの、ラジオはひとりで聴くもの」とも言う。なるほど、的を射た表現だ。中学生や高校生の頃、部屋の片隅で音声が漏れないようにひっそり聴く。そんな風にラジオと接してきた人も多いはず。一方で、著者のように家事炊事をしながら聴くのにちょうどいい、という人もいる。書名の通り適度にゆるく、BGM的に聴き流せるというのもラジオのいいところだ。

 コロナ禍のステイホームにより、友人や恋人や家族とゆるい雑談をすることが減った人も多いと思う。そんな時だからこそ、すぐそばでパーソナリティーが囁きかけてくれるようなラジオの語りは、今こそ切実に求められているものではないだろうか。

文=土佐有明

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