「あれ? なんか変だな」の違和感が戦慄に変わるサイコミステリ。後輩を刺殺した犯人を捜し続ける主人公の“ある目的”とは

文芸・カルチャー

公開日:2021/10/13

焼けた釘
『焼けた釘』(くわがきあゆ/産業編集センター)

 世界観を引き立たせるため、冒頭に偉人の言葉を記している小説は多くある。だが、そうした名言がラスト1ページを読み終えるまで、こんなにも心に刺さり続けていた作品には初めて出会ったかもしれない。

『焼けた釘』(くわがきあゆ/産業編集センター)は、そんな驚きと感動で胸が震える本格ミステリだった。本作は、産業編集センター出版部が主催する文学賞「暮らしの小説大賞」にて大賞に輝いた作品。

“愛情の反対は憎しみではなく無関心である。――マザー・テレサの発言として広まった言葉”

 こんな導入で幕を開けるこの物語は戦慄必至なサイコミステリでありながら、読者に「愛とは何か」を問う。

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後輩を殺した犯人を独自に捜査! そこに秘められた“ある目的”とは…?

 斜岡(はすおか)で暮らす千秋は、故郷である出入野(いづいるの)に帰省し、後輩の萌香と偶然再会。近況報告をしあっていると、萌香のスマートフォンに差出人不明のメッセージが。萌香はストーカー被害を受けていることをほのめかし、去っていった。

 その数日後、萌香は何者かに刺殺され、遺体で発見されてしまう。事件を知った千秋は犯人を必ず自分の手で見つけ出すと決意する。萌香の部屋から洋服を持ち出し、彼女の恰好を真似て犯人探しを決行。萌香が所属していた大学のピアノサークルやアルバイト先へ行き、まずは交友関係を探ることにした。

 …なんて友達思いなのだろう。千秋の行動力を目にし、そう思う読者はきっと多いはず。だが、ストーリーが進むにつれ、その感情は揺らぐ。なぜなら、千秋が違和感を抱く行動を見せるようになっていくからだ。

 どこかおかしい…。そう、首を傾げながら読み進めた先で明かされるのが、千秋が犯人探しをしている「本当の目的」。その瞬間から、読者はこれまでとは違った視点で千秋の捜査を見守っていくことになる。

 一方、同じ斜岡でブラック企業に勤める杏は入社したての頃、教育係としてついてくれた先輩への恋心を糧に職場で奮闘する日々を送っていた。

 ところが、友人の結婚式に出席するため出入野に出向いた杏は、思いを寄せている先輩が、日頃から自分をよく気にかけてくれる樹理と一緒にいるところを目撃してしまう。

 もしかしたら、2人は付き合っているのでは…。子どもの頃、姉に欲しいものをことごとく奪われてきた杏はそう考え、先輩を取られたくないと強く思うように。

 そして、ついにある日、ハンマーを隠し持ち、出社する。自席で仕事に取り掛かろうとする樹理の背後に忍び寄り…?

 視点人物が異なる2つの物語は、意外な展開を経て1本の線に。あらかじめあらすじを読み、自分なりにストーリーの流れを予想していても、それをはるかに超える衝撃的な展開が繰り広げられるので、読者は結末に辿り着くまでに何度もド肝を抜かれる。特に物語の終盤で明らかになる真実は予想外すぎて、心臓が飛び跳ねた。

 作中のいたるところにちりばめられた緻密な伏線がすべて回収された先には、思いもよらない戦慄が待っている。「ラスト1ページまで目が離せない」というキャッチコピーは、この小説を表現するためにあるように思えた。

 なお、本作には「誰かを想う愛」や「誰かから貰う愛」などさまざまな形の愛が記されているため、自分が見てきた愛を振り返り、愛とは一体なんなのかと熟考したくなる。

 登場人物たちが味わってきた「愛の記憶」に触れると、愛する人に自分を見てもらえなかった時の苦しみや、その痛みには「孤独」という名前があることを知った日のこと、そして「この愛だけは手に入れたい」と神様ではなく悪魔に頼みたくなってしまった日のことなどが思い出され、自分はどう人を愛し、人から愛されてきたのだろうかと考えたくもなるのだ。

 愛憎、純愛、求愛、偏愛…。ここには人が感じるあらゆる「愛」が、詰め込まれている。

文=古川諭香

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