5年前に失踪した少女と自殺した少年。女子高校生が“自由研究”で事件の真相を解き明かす、話題の海外ミステリー上陸!

文芸・カルチャー

公開日:2021/10/24

自由研究には向かない殺人
『自由研究には向かない殺人』(ホリー・ジャクソン:著、服部京子:訳/東京創元社)

 著者の名はまだ日本では知られていないが、設定のおもしろさと爽やかな読み心地でミステリーファンの注目を集める話題作がある。『自由研究には向かない殺人』(ホリー・ジャクソン:著、服部京子:訳/東京創元社)だ。2019年に刊行された著者のデビュー作で、イギリスで大ベストセラーに。2021年8月に日本で刊行されると話題になり、筆者も書店を何軒か回りなんとか手に入るほどだった。本作が国境を超えてミステリーファンから愛される理由を迫りたい。

 まず語りたいのは、やはり“自由研究”という設定についてだ。大枠の物語構成は、「過去の未解決事件」を、時を経て事件とは直接関係のない主人公が再び調べるというオーソドックスな形式。だが、その“調べ方”がおもしろい。イギリスのとある街に住む女子高校生のピップは、EPQ(自由研究によって得られる資格)の題材に、自分たちの街で起きたある失踪事件を選ぶ。5年前、アンディ・ベルという少女が失踪し、ボーイフレンドであったサル・シンが自殺した。街の住民はみなシンがベルを殺したと思っているが、ピップは彼が犯人だと思えない。そこで彼女は、“自由研究”として事件を調べ始めることになる。

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 失踪事件という“非日常”の象徴のような出来事を、誰もがやったことのある“自由研究”で解き明かすアンバランスさ、危うさが本作のいちばんの魅力だろう。ピップによる調査が、あくまで“自由研究”の範囲で行われるという制限も、ミステリーファンとしては楽しいところだ。人一倍賢く行動力のある彼女も、ひとりの女子高校生にすぎない。だから、警察のような捜査権限はないし、容疑者の事情聴取の内容を知りたければ、情報自由法に基づき情報開示を申請しなくてはならない。関係者に話を聞くときは、自分でDMを送ってインタビューを申し込むところから始まる。

 2019年に書かれた作品であることから、ピップがインターネットを駆使して調査にあたる点も海外ミステリーとしては新鮮に映った。事件現場への移動時間はグーグルが教えてくれるし、容疑者の人間関係はフェイスブックをたどれば一発だ。ときには、メッセージアプリで“なりすまし”を行い、インタビューでは聞けなかった内容をうまいこと引き出したりもする。警察はあまりやらない、でも今のちょっと賢い高校生ならやりそうな攻め方にワクワクした。

 しかし、ここでもう一度タイトルを思い出してほしい。この作品で取り扱う事件は、自由研究には“向かない”殺人だ。ピップは高校生らしい等身大の捜査で事件の真相に近づいていくが、次第にそれは“自由研究”で扱うべき範疇を超えていく。「調査をやめろ、ピップ」――。いよいよピップのもとには脅迫文が届くようになり、彼女は決断を迫られる。組織の強さを持たない女子高校生が、この事件の真相にたどり着けるのか……。

 原題は「A GOOD GIRL’S GUIDE TO MURDER」。たしかに「GUIDE」と言えるほどにピップの自由研究は丁寧である。インタビューの内容や新たな手掛かりに基づいた考察、そしてその時点での〈容疑者リスト〉。ピップの思考を追いかけるうちに、読者は彼女とともに小さな街を冒険している気分になる。だからこそ、地道な調査が実を結び、点と点がつながる瞬間の興奮は何ものにも代えがたい。なかにはグロテスクな事実も多々あるが、ひたむきな彼女と一緒だからか、どこかすがすがしい読後感が残った。

文=中川凌 (@ryo_nakagawa_7

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