肛門はなぜ出し分けができる? 病気と健康の境目とは? 人体の不思議な仕組みのハナシ

暮らし

公開日:2021/12/12

すばらしい人体――あなたの体をめぐる知的冒険

著:
出版社:
ダイヤモンド社
発売日:
すばらしい人体 あなたの体をめぐる知的冒険
『すばらしい人体 あなたの体をめぐる知的冒険』(山本 健人/ダイヤモンド社)

 新型コロナウイルスのワクチンが体に良いのか悪いのかが議論されたように、薬や食べ物など体に入れるモノは、とかくそれがどう体に影響するのか心配になる。一方、情報が多すぎて何が正しいのか分からないというのは、あらゆる情報に接することができる便利な社会の弊害でもあろう。しかし、一つだけハッキリしていることがある。それは、私たちの体はあらゆるモノと反応するということだ。ウイルスや細菌も、飲食物も、体に入るから何かしらの反応が起きる。となれば、外から来るモノについて一つ一つを検証するよりも、体について知るほうが考えやすいのではないかと思い入手したのが、この『すばらしい人体 あなたの体をめぐる知的冒険』(山本 健人/ダイヤモンド社)である。軽妙な語り口で分かりやすいうえ、外科医である著者は専門領域外の内容については各分野の専門医に監修を依頼し、参考文献リストが巻末にあるので、本書を入り口にしてさらに自身で調べることもできる。

オナラとウンチを出し分けられる仕組み

 肛門は意識もしていないのに、なぜオナラとウンチを出し分けられるのか。改めて言われてみると、肛門の機能は素晴らしい。著者の知人は、肛門の手術を受けて機能が低下した状態を「実弾と空砲の区別がつかない」と漏らしていたそうで、人によっては「私の肛門はたまに気体と液体を間違える」ということもあるだろう。いずれにせよ、機能が正常であれば固体と気体が同時に下りてきても、「固体を直腸内に残したまま気体のみを出す」なんて芸当、著者が指摘しているように人工的なシステムで再現するのは不可能に思える。それを可能にしている肛門には、自分の意図で動かせる「外肛門括約筋」と、意図とは関係なく動く「内肛門括約筋」という2種類の括約筋あるという。便が直腸に下りてくると内肛門括約筋は弛緩するため、便意をもよおすのに対して、私たちは外肛門括約筋を駆使することにより逆らえるのだ。

 人体は、普段は当たり前にできていて意識すらしないような、自然で巧妙な仕掛けで動いている。たとえば、海賊が片目に眼帯をしている理由なんかは目の仕組みを知ると興味深い。人間の目は、暗いところから急に明るいところに出ると眩しいのが段々と慣れて見えてくる「明順応」よりも、明るいところから暗いところに慣れていく「暗順応」の方が時間がかかるのだとか。そこで、明るい甲板から暗い船倉に入るさいに眼帯をずらすだけで中の様子が分かるように、眼帯を普段から装着して片目の暗順応を維持しているという説があるそうだ。

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死因で多いのは老衰!? 意外に難しい病気と健康の境目

 本書に引用されている資料によれば、日本における死因別の死亡率の推移を見ていくと、かつて上位を占めていたのは感染症であり、1980年代からは悪性新生物、すなわち「がん」が1位を独走して、いまや全体の4分の1を占めるようになっているそうだ。これは、がんが増えたというよりも「がんになる前に他の病気で死んでいたから」で、世界保健機関(WHO)の調査によれば、低所得国の死因10位以内のうち半分は感染症だという。

 そして日本で、がんと心疾患に続いて死因の3位を占めるのは意外にも老衰なのだとか。著者は「日本人の多くは、がんか生活習慣病か加齢で亡くなる」というのが今後の傾向になるだろうと予測している。そこで理解しなければならないのは、病気と健康の境目を定義するのは難しいということだ。どんなに健康な人でも人体に有害な菌は棲んでいるし、棲んでいるからといってそれすなわち病気であるとも判じがたい。新型コロナウイルスの診断に用いられるPCR検査の事情なんかはもっと複雑だ。というのも、PCR検査で分かるのは「ウイルスの断片が存在するか否か」であって、「病気か否か」ではないのだ、と本書で著者は指摘している。同様に、がんは健康な人の体でも絶えず生まれており、「がん細胞が体にある状態」だけでは病気ではないという。亡くなった人の体を解剖すると偶然に前立腺がんが見つかることがあるそうなのだが、その人が「生前は病気だった」と言えるだろうかと著者は問う。

新型コロナウイルス禍にあって、偉業を残した知られざる日本人研究者

 コロナ禍で、血液中の酸素飽和度を調べることのできる「パルスオキシメータ」が人々に知られるようになったが、私は開発者が日本人であることを本書で知った。開発した青柳卓雄氏は2020年4月に84歳で亡くなったそうだ。本書の引用によれば、1974年に原理を学会に発表し、翌年には商品化されたものの世間から注目されずに開発が中断。その後、アメリカで全身麻酔手術中の患者が酸素不足になって死亡する事故が相次いだことで注目され、1988年に再び発売されることとなった。著者は、医療従事者にとっても、世界中の患者にとっても「この発明は紛れもなく歴史に残る偉業」と讃えている。

 一般に医学は人々の病気や怪我を治すものと思われているが、青柳氏のような、「人体を観察するための道具」を生み出す研究者の功績も大きい。それこそ感染症の研究に欠かせない顕微鏡は、布地の縫い目や織布の糸を確認するために、オランダのアントニ・ファン・レーウェンフックという織物商人が開発したなんてことも載っており、知的好奇心を満たしつつ自身の体を知るのに役に立つ、素晴らしい一冊だった。

文=清水銀嶺

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