最後に知るタイトルの意味――衝撃作『海をあげる』にあなたはきっと言葉を失う

文芸・カルチャー

更新日:2021/11/29

海をあげる

著:
出版社:
筑摩書房
発売日:
海をあげる
『海をあげる』(上間陽子/筑摩書房)

 現役の書店員の投票によって選ばれるノンフィクション本の賞「Yahoo!ニュース 本屋大賞2021 ノンフィクション本大賞2021」に、上間陽子氏の『海をあげる』(筑摩書房)が選ばれた。全国の書店員による「これはなんとしても読んでほしい」という願いが込められた、納得の受賞だった。

『海をあげる』は沖縄で生活する上間氏と、その娘の日々を軸にして展開していく。……と聞いて浮かぶイメージと、本書が読者に刻みつけてくるものは大きく違う。

 本書は12個のエピソードで構成されている。最初に置かれているのが「美味しいごはん」。過去に著者の身に起こった「夫と友人の裏切り」という傷と、再婚して生まれた「小さな娘」をつなぐエピソードだ。

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 すっとしみこんでくるような文体、自分や友人に覚えのあるような痛みに導かれるまま読んでいくと、いつの間にか周囲の光景が沖縄に変わってきたことに気づく。

 著者の上間氏は琉球大学で教授として働きつつ、沖縄の少年少女の支援と調査をしている。中でも若年出産した女性の支援に力を入れており、今年の10月1日には若年出産シングルマザーの保護施設(シェルター)を開設した。上間が書き出す沖縄の現在は美しく、苦く、わかりにくい。

 その苦さがクライマックスに達するのが最後から2本目の「アリエルの王国」、そして本書のタイトルが指している意味を読者に噛み締めさせるのが、単行本化の際に書き下ろされた「海をあげる」だ。

 ここで少しだけ自分の話をすると、私は東京生まれ東京育ち東京在住で、21歳のころからライターをやっていて、Webメディア企業に就職し、インターネットでたくさんの記事を書いたり編集したりしていた。たぶん少なくとも4000本くらいの記事に関わっている。

 そんな中で痛感していたのは、「わかりやすさ」が求められるということ。記事のタイトルを見た瞬間、読者の中で生まれる「期待」に、きちんと応えられるのが優れた記事のひとつの基準だと私は思っていた。身近な例を出してみたり、図解をしてみたり、単純化してみたり、解説してもらってみたり、断言してみたり、対立の構図を作ってみたり……わかりやすくするためのノウハウは枚挙にいとまがない。

 その一方で、難しく複雑なもの、流暢に語れないもの、語りにくいものをそのままで読者に受け止めさせることは、どんどん困難になっている。

『海をあげる』は、おそろしく困難なことをやっている。沖縄のことを気にも留めないぼんやりした読者を、本の中で沖縄の海へと連れていくこと。

 それが実現したのは、前著『裸足で逃げる』(太田出版)で特徴的だった、取材相手の声をそのまま残すようなインタビューという武器はそのままに、透き通った文体と、「母が娘に寄せる希望」という普遍的で共感可能性のあるまなざしが加わったことが大きい。すべて沖縄を読者に突きつけるための武器であり、作戦なのだろう。

 上間氏の魔法によって、読者は沖縄を身近に感じ、そして一拍後に、「身近だなあ」と感じることの欺瞞に動揺する。沖縄以外の読者、とりわけ東京に住む読者の衝撃は大きい。本書を読み終わったとき、あなたはきっと言葉に詰まる。後ろめたさを抱き、打ちのめされる。

文=青柳美帆子

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