SNSで話題の怪異譚シリーズが書籍化! 隻腕の見鬼とオカルト嫌いの県庁職員が怪異の解決に挑む贅沢バディ小説

文芸・カルチャー

公開日:2022/2/28

夜行堂奇譚
『夜行堂奇譚』(嗣人/産業編集センター)

 死してもなおこの世に残り続ける強い情念。それが人ならざるものに化けたとして、何ら不思議ではない。幽霊、物の気、妖怪、妖魔…。そんな、科学では決して証明できない、目にみえない存在は、この世界に跋扈している。そして、彼らの無念は、時として、私たち人間を恐怖の底へと突き落とすことだってある…かもしれない。

『夜行堂奇譚』(嗣人/産業編集センター)は、SNSで話題の怪異譚。小説投稿サイトで注目を集め、投稿作品の朗読動画も高い人気を誇るシリーズを書籍化した1冊だ。書き下ろしは250ページ以上。とにかくたくさんの怪異譚がつまったこの作品を読めば、誰だって身の毛もよだつ思いがするだろう。

 物語の中心となるのは、桜千早。交通事故で右腕を失った彼は、ある時、失ったはずの右腕を掴む女の手に気づく。それ以来、誰よりも深く霊的な存在を視ることができるようになった彼は、ふとしたことから、曰く付きの品物ばかりを扱う骨董屋「夜行堂」の怪しげな美人店主の小間使いをすることに。そして、その店主によって、県庁職員・大野木龍臣と引き合わされた千早は、県内に多発する怪異の解決に挑むことになる。

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 いじめを苦に女子高生が自殺してから語られるようになった「目には見えない犬」の噂と、血に狂う獣に次々と八つ裂きにされていくクラスメイト。死者が絶えない自殺団地。長い髪の毛の間から覗く女の眼窩と、どろりと頬を伝う血の涙。かつての病院の跡地に建てられた学生寮。皮袋を引きずり徘徊する童殺し。どこまでもループし続ける地下通路…。この本をひとたび開けば、ありとあらゆる怪異譚に圧倒される。人ならざるものとなり引き起こす、数々の呪いと悲劇。血なまぐさい暗闇の空気と、ジワジワと迫りくる幽霊の姿に、何度悲鳴を上げそうになったことだろうか。

 だからこそ、千早と大野木の活躍には心が救われる。霊的な存在を視ることができる千早の相棒となる大野木は、ごく普通の公務員。元々オカルト的なものを毛嫌いしてきたが、ある時、県内の怪異現象を処理する「特別対策室」に異動させられてしまい、千早に協力を依頼することになるのだ。現場では毎回のように絶叫し、時には千早の足を引っ張ることもあるが、真面目な性格から、どんな時でも千早に付き添おうとし、千早もまた次第に大野木に信頼を寄せていく。互いをバディとして認め合うその姿はなんと尊いことか。千早は、霊を深く視ることはできるが、決して霊を祓う力があるわけではない。それでも、霊の声を聞くことで、その無念を晴らす方法を模索していくのだ。

 次第に明らかになる幽霊たちの深い悲しみに胸が痛む。悪霊たちの過去を知ると、幽霊よりもよっぽど人間の悪意の方が恐ろしいように思えてくる。まるで、千早と大野木と一緒に、幽霊と向き合ったような臨場感。そして、高鳴る鼓動をおさえながら、物語を読み終えると、すぐに続編を求めてしまう自分がいた。一体、この先、千早と大野木をどんな怪異が待ち受けているのか。ひとたびこの作品に触れれば、誰もがその続きが気になって気になってたまらなくなってしまうことだろう。

 深夜に読むと眠れなくなってしまうこと請け合い。怪異好きもあまり得意ではないという人もこの物語には惹き込まれるに違いない。恐ろしくも物悲しい怪異の世界にあなたも魅せられてみてはいかがだろうか。

文=アサトーミナミ

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