密室殺人×6! 『このミス』大賞文庫グランプリに輝いた、トリックぎっしりの密室ミステリーに興奮!

文芸・カルチャー

更新日:2022/3/3

密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック
『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック』(鴨崎暖炉/宝島社)

 なんと贅沢な密室ミステリーだろうか。貪るように読んだあと、ふと心配になってしまった。「え、1冊にこれほど密室トリックを詰め込んじゃっていいんですか? もう少し出し惜しみしてもいいんじゃないですか?」と。

 第20回「『このミステリーがすごい!』大賞」文庫グランプリを受賞した『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック』(鴨崎暖炉/宝島社)は、なんと6つもの密室トリックを詰め込んだ濃度の高い本格ミステリー。まさに密室づくしの一冊だ。

 ミステリーで密室殺人が起きるとなれば、「なぜ犯人は密室を作らなければならなかったのか」「なぜ密室になってしまったのか」という理由付けが必要となる。だが、この小説の舞台は、「密室の不解証明は、現場の不在証明と同等の価値がある」とされる日本。つまり、アリバイがあれば罪に問われないのと同様に、密室の謎が解けない限り、被告は無罪になるということ。となれば、犯人が現場を密室化しようとするのは当然だろう。実際、この世界では殺人事件の3割が密室での犯行だという。「なぜ密室を作るのか」という命題に対する、シンプルかつ力強い解ではないか。

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 事件の発端は、ミステリー作家が遺した山奥のホテル「雪白館」で密室殺人が起きたこと。館に通じる唯一の橋は落とされ、通信手段も断たれてしまう。陸の孤島と化した館で、次々に人が殺されていくというのだから、不謹慎ながらも心が躍らずにいられない。

 しかも、ホテルに集まったのはクセの強い面々ばかり。密室の謎解きを専門とする「密室探偵」の男、裏表の激しい若手女優とマネージャー、UMAを求めてやってきたイギリス人少女、密室殺人現場を崇める宗教団体の神父などなど、風変わりなメンバーがそろっていて、誰も彼も怪しい匂いを放っている。なお、登場人物は多いものの、人名を覚えるのに苦労することはない。ホテルの支配人は「詩葉井(しはい)」、密室探偵は「探岡(さぐりおか)」というように名前と属性が語呂合わせになっているため、いちいち巻頭の人名一覧に戻る必要がなく、作品世界にスムーズに入っていける。

 と、そんな中で主人公を務めるのが、男子高校生の葛白香澄(略してくずかす)。彼は、幼なじみの朝比奈夜月に誘われ、「雪白館」を訪れることに。しかも、どんな偶然か、中学時代の同級生・蜜村漆璃(略してみっしつ)と再会する。実は蜜村、3年前に父親の殺害容疑で逮捕されたが、現場が密室だったため無罪放免となったという過去を持つ。果たして彼女は父親を殺したのか、それとも本当に無実なのか。ホテル内で発生する密室連続殺人だけでなく、蜜村をめぐる謎にも迫っていくこととなる。

 ソファに座ったまま、何度も胸を刺された死体。閉ざされた部屋の中で銃で撃たれた死体。ドミノに囲まれた状態で発見された死体。さまざまな状況で人々が殺されていくが、いずれにしても共通するのは密室であること。さらに、どの現場にもトランプのカードが1枚置かれているのも謎めいている。だが、蜜村にかかれば複雑な密室トリックもするする解き明かされていく。もつれて絡んでいた糸がスッと解かれていくさまは、なんとも言えず小気味いい。盲点を突かれてハッとしたり、緻密な物理トリックに唸ったり、大胆なやり口に驚嘆したり。どれも思いがけない角度から解法が提示されるため、「今度はこう来たか!」「え、次はこう!?」と新鮮な驚きを感じながら読み進めることができる。

 物語の終盤、蜜村は次のように語る。「誰が犯人かなんて、密室の謎に比べたら遥かにどうでもいいことでしょう?」──実際のところ、本書では犯人当てにも重点が置かれているものの、なんと密室愛の詰まった言葉だろうか。そのうえ、「推理作家は口が裂けても、『新しい密室トリックは存在しない』なんて言ってはならない。だってそれは自らの仕事を否定することになるのだから」なんてセリフも飛び出してくる。これは、「今後も密室ミステリーに真摯に向き合っていく」という著者の決意表明か。「トリックを惜しみなく使いすぎでは?」などという外野の心配は無用ということだろう。デビュー2作目が早くも楽しみな、大型新人の誕生だ。

文=野本由起

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