発生から50年が経過した「あさま山荘事件」。日本の犯罪史上最悪ともいわれる人質立てこもり事件、その“真実”を描く『レッド』シリーズ最終章

マンガ

更新日:2022/3/28

レッド 最終章 あさま山荘の10日間
『レッド 最終章 あさま山荘の10日間』(山本直樹/講談社)

 1972年、2月。連合赤軍の中枢メンバー5名が長野県の山荘に人質をとって立てこもった。銃器を装備した犯人グループに警察隊は苦戦し、死者3名を出す事態に発展。日本の犯罪史に残る重大事件「あさま山荘事件」である。

 本作以前に『レッド』(全8巻)、『レッド最後の60日 そしてあさま山荘へ』(全4巻)とシリーズを重ねてきた、作者の山本直樹氏。もともとは成人向け漫画の書き手として活動していたが、本作では社会派のストーリー、人間洞察力に裏打ちされたリアリスティックな表現で話題となった。2010年には第14回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞。受賞理由に、「主観を排した淡々とした描写」「資料に克明に当たりつつ、ドキュメンタリーともフィクションとも異なる虚構のリアリティー」が挙げられている。

 それぞれの理想をもっていた青年たちが、その純朴さゆえに苛烈さを増していく。純粋な理念の中に、個人の嫉妬や愛憎、コンプレックスが一滴、また一滴と混じる。自らもそれとわからぬ内に昏い感情に支配され、かつて同じ釜の飯を食った同志を「総括」……つまり、処刑していくのである。その微妙な人間模様が、最終章に至るまで一貫して山本氏が描いてきたテーマだった。

advertisement

 最終章のストーリーは「あさま山荘事件」まで踏み込み、描かれるのは血で血を洗う戦場だ。愛憎などの情緒的なやりとりは抑えめに、じっとりと冷や汗が滲むような冷徹な戦術や思惑が交錯していく。これまで作品全体に通底していた不穏な空気が、この巻で「弾丸飛び交う戦場」という形で炸裂するのだ。

 1970年代。テレビ報道でリアルタイムに情報が展開された時代だ。1970年には大阪万博生中継され、翌71年にはNHK総合テレビが完全カラー放送になった。本作でも「政府権力を倒す」と意気込む犯人グループと、「犯人を射殺すれば殉教者となる」と警戒する警察のテレビを介した情報戦や心理の揺らぎがみどころの1つである。

 たとえば、1972年2月21日のニクソン訪中。アメリカのニクソン大統領と、犯人たちにとっては崇拝の対象だった毛沢東が握手を交わした光景を、彼らが当惑しながらニュースで目の当たりにするシーンは象徴的だ。

 また、これはシリーズ最大の特徴でもあるが、死者はあらかじめ番号が振られ、死ぬ順番が読者に明示されている。作品自体の結末も周知のとおりだ。何もかもわかりきった中で、問われるのが「なぜこうなったのか?」という不思議だろう。

 本作を描き終えた後、メディアの取材に「人の命より言葉が重くなった」と答えた山本氏。現代の教室や職場、ネットなどの閉鎖的な空間でも同じことが起こりうると警鐘をならす。発生した事件自体は普遍的なもので、事件に通底するのは人間の不思議である、と考えているのだという。

 今年の2月で、事件の発生から50年が経過した。テレビ報道では事件の特異性ばかりが取り上げられがちだが、切り取り方を変えると、コンプレックスや悩みを抱える「普通の若者」たちがコントロールを失ってたどり着いた結末だとも読み取れる。本作を通して、日本の犯罪史に残る大事件の背景にあった「人間そのものの不思議」に想い馳せてみるのはいかがだろうか。

文=大河内光明

あわせて読みたい