現実をのみ込むことで“殺し合い”を肯定している大人たち。「戦争とはなにか」を考える名作漫画『石の花』

マンガ

更新日:2022/3/25

石の花
『石の花』(坂口尚/KADOKAWA)

 坂口尚氏の『石の花』(KADOKAWA)の新版が全5巻で刊行された。1983年から86年に発表された本作は、1941年にナチス・ドイツの侵攻を受けたユーゴスラヴィアを舞台に、セルビア人の少年クリロと兄のイヴァン、クリロの友人の少女フィーとナチス親衛隊の将校マイスナーを軸に、ナチス・ドイツ」への抵抗運動を描く歴史漫画である。

「七つの国境、六つの共和国、五つの民族、四つの言語、三つの宗教、二つの文字、一つの国家」と呼ばれたユーゴスラヴィアは1991年からの内戦により2003年に解体し現在は存在していないが、そのユーゴスラヴィアは以前にも一度消滅している。

 それが『石の花』で描かれるナチス・ドイツの侵攻によって分割統治された時代だ。

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 本作の中で、ナチス・ドイツが侵攻するまで主人公のクリロが暮らすユーゴスラヴィアは、第一次世界大戦後にセルビア王国を中心としてセルビア人、クロアチア人、スロベニア人によって王国として成立した「第一のユーゴスラヴィア」と呼ばれる。バルカン半島に位置するユーゴスラヴィアは地理的にも歴史的にも諸民族が混在した複雑な国家を形成していた。しかし統一国家としてはそれぞれの民族や言語、宗教の相違から国家としての一体感が生まれておらず、そこをナチス・ドイツに利用されてしまう。

 ユーゴスラヴィアに侵攻したナチス・ドイツは民族対立を煽り、もともとセルビアへの反発のあったクロアチアの独立を承認し国家を分断する。

『石の花』では、イタリアの支援を受けたファシストであるクロアチアの「ウスタシ」がユダヤ人狩りやロマ(ジプシー)狩り、そしてセルビア人狩りをするといった「民族浄化」の模様が描かれる。反ファシストの抵抗組織としてはセルビア人主体の「チェトニク」とクリロが合流した抵抗組織「パルチザン」が存在していたが、両者もまた対立し銃火を交えてしまう。

 こうして第二次世界大戦のユーゴスラヴィアはナチス・ドイツの占領と自国民同士が殺し合う内戦という地獄に変わってしまう。

『石の花』では光の見えない世界の中、クリロたちパルチザンへ容赦ない攻撃を繰り返すドイツ軍、イデオロギーによって抵抗組織への支援に踏み出さない連合国、民族主義によって殺し合う元は同じ国民であった人々など、戦争の不条理と残酷さを読者に突きつけてくる。

 第二次世界大戦におけるユーゴスラヴィアの犠牲者は約200万人とされ、その大部分がセルビア人とクロアチア人による「兄弟の殺し合い」によるものとされる。

「なぜ殺し合うのか」を自問するクリロは、絶え間ないドイツ軍の攻撃によって仲間や避難民が殺されていく様を見続け、戦争は正しい者が武力(ちから)を持てば戦争を始めさせないことができるという考えに陥ってしまうが、それは「より強いものが支配者であるべき」というナチスの思想と同じである。

 のちにクリロは、現実をのみ込むことで“殺し合い”を肯定している大人たちに気付くのだが、このクリロの葛藤とウクライナとロシアの戦争とを重ねてしまうのは筆者だけではないはずだ。

 クリロと行動を共にするユダヤ人のイザークが、敵への憎しみに支配されようとしているクリロへ掛ける言葉がとても印象的だ。

“「敵兵の遠い国の見たこともない家族のことをきみは想像したじゃないかッ そして悩んだ」「理解ってそうやって少しずつ少しずつ…」
「切らないでくれよ、断ち切らないでくれよ」”(4巻P.77-78)

 いま、「戦争とはなにか」を考えるのにぜひ読んでほしい作品である。

文=すずきたけし

参考:『ユーゴスラヴィア現代史 新版』(柴宜弘/岩波書店)

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