『三体』『魔道祖師』『13・67』……中国発のエンタメ小説が受け入れられていった背景を探る

文芸・カルチャー

公開日:2022/4/5

中国文学をつまみ食い
『中国文学をつまみ食い 『詩経』から『三体』まで』(武田雅哉、加部勇一郎、田村容子/ミネルヴァ書房)

 中国発の作品として初めてヒューゴー賞長編小説部門を受賞した『三体』や、ウェブ小説を原作とするアニメ『魔道祖師』(実写ドラマ版タイトルは『陳情令』)、日本の各種ミステリーランキングでも高く評価された『13・67』など、中国系エンタメ小説が日本でも受容されるようになってきた。

 ただそれらが中国の文芸の歴史のなかでどう位置づけられるのかというと、あまり詳しくない人のほうが多いかもしれない。

 武田雅哉、加部勇一郎、田村容子編著『中国文学をつまみ食い 『詩経』から『三体』まで』(ミネルヴァ書房)は、中国文学の歴史的・ジャンル的な見取り図を手に入れ、現代の中国作品がどんな古典を参照しているのかといったことを教えてくれる。

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 たとえば、中国系アメリカ人SF作家ケン・リュウは短篇「長距離貨物輸送飛行船」(『輸送年報』所収)のなかで、飛行船乗りの中国人妻が満月を眺めながら聴くラジオから蘇東坡(1037−1101)の「水調歌頭」が流れる様子を描き、「隠娘」(The Hidden Girl)では唐代に書かれた伝奇小説『聶隠娘』を参照していることを示す。

 中国SFの歴史は清朝末期に明治期日本の「科学小説」受容を経由して、1902年には「哲理科学小説」が提唱され、1930年代には著名作家の老舎が『猫城記』を発表、同時代のパルプマガジンSFが翻訳されていた――ヒューゴー・ガーンズバックが世界初のSF雑誌を作ったのが1926年である――といったことを知ると、『三体』やケン・リュウなどの作品や作家は、一朝一夕に現れたわけではないのがよくわかる。

 ほかにも中国のマンガやアニメ、映画の歴史の簡潔な紹介もあれば文学史のなかのポルノグラフィなどについてのページまである。もちろん『詩経』『史記』『文選』『水滸伝』『西遊記』といった古典や、残雪のような現代文学作家も丁寧に紹介している。

 ただそのなかでもたとえば「『西遊記』の沙悟浄は河童じゃない。河童はそもそも日本の妖怪。動物をモチーフにすらしていない人間である」といった「え、そうなの?」と思わせるようなフックがちりばめられていて飽きさせない。

 中国のウェブ小説やマンガ、ドラマでは日本の作品と同様に転生・転移が頻出するが、それらと古典との比較もおもしろい。『水滸伝』をはじめとして、神仏や天界の星々の生まれ変わりという設定は中国古典文学によく出てくるが、そこでは近年の異世界転生とは異なり、記憶ではなくて才能と命運が引き継がれるという。また、死んだ人の魂が記憶を保ったまま別人の体に入る話もある(こちらは現代でもよくあるが)。

「中国文学」と言うと、ちょっと取っつきにくい印象を受ける人も少なくないだろうが、本書では現代の作品や事象に引き寄せて書いてくれているので、身近に感じられてくるし、現代のエンタメ作品・作家を知るためには彼らが参照にしている古典にも触れたほうがいいんだろうな、という気持ちになってくる。

 本の終盤にはイギリスやロシア、ベトナム、朝鮮・韓国、日本など諸外国がどのように中国文学を受容したか――もちろん、それぞれの国や地域が中国をどう位置づけたかによって大きく異なる――という視点からのコラムもあり、それらと比較して「自分はいったいどんな目線で中国の文化を捉えているだろう?」ということに改めて気付かされる仕掛けにもなっている。中国系エンタメに好きな作品・作家がいる人は一度手に取ってみてもらいたい。

文=飯田一史

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