「月はつねに落ち続けている」!? 物理の世界を、最強の専門家タッグチームが徹底解説!!

スポーツ・科学

公開日:2022/6/7

一生モノの物理学 文系でもわかるビジネスに効く教養
一生モノの物理学 文系でもわかるビジネスに効く教養』(鎌田浩毅、米田 誠/祥伝社)

 SFギャグ漫画で、マッド・サイエンティストが自身の開発した反重力装置を解説するさいに「ニュートンがこれを見たら『万有引力の反則』と名づけたじゃろ!!」と言っていて思わず笑ってしまったことがある。こういうギャグは、元ネタを知っていないと楽しめないわけだが、じゃあさらに、「万有引力の仕組み」を理解して笑っているのかと問われれば冷や汗をかくばかり。そこで、YouTubeの「京都大学オープンコースウェア」で『京都大学最終講義』を公開している京都大学名誉教授の鎌田浩毅氏と、同じくYouTubeの「研伸館オンライン」で『物理のワンポイント講義』を公開し「楽しい物理の伝道師」の異名を持つ米田誠氏がタッグを組んだ、『一生モノの物理学 文系でもわかるビジネスに効く教養』(鎌田浩毅、米田 誠/祥伝社)に助けを求めることにした。知識が増えればな、と軽い気持ちで手に取ったものの、しかし、私は甘かった。本書を開いてすぐ、「いま日本の『物理力』が危ない」という切実な話に引き込まれてしまった。

日本人の物理の知識は、中学生止まり!?

 国公立大学志望の文科系の人が受ける「○○基礎」(物理や化学といった科目の入門編)の科目の中では、「物理基礎」の受験者数が圧倒的に少ないうえ、私立の文科系学部では理科が受験科目に設定されてすらいないそうだ。理科のうち2科目の受験が必要な国公立大学の理科系志望者ならどうかというと、物理の延べ受験者数は4割弱にとどまっているそうだ。

 江戸時代後期から明治初期に、「理を窮(きわ)める学問」という意味で「窮理学(きゅうりがく)」と呼ばれていた「物理学」は、「自然界の現象を支配する法則について理解・整理することを目的」とする、物の本質そのもの、すなわち「物の理(ことわり)」を知る学問だという。にもかかわらず、「大学を卒業した学士であっても高校内容の物理をある程度理解できている人は半分にも満たず、特に文科系出身者の物理知識はなんと中学生止まりなのです」というのが日本の現状だそうだ。

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りんごは木から落ちるのに、月はなぜ落ちてこないのか

 アイザック・ニュートンが万有引力を発見したのは「木からりんごが落ちるのを見て」という有名なこの逸話、本書によるとニュートン自身の論文や著書には出てこず、晩年になって友人に語ったのが広く伝わったもので、真偽のほどは定かではないそう。よく混同される「重力」と違い、「すべての物体は引っ張り合う」というのが万有引力の法則。人によっては、嬉しくもあり嬉しくないかもしれないが、「隣にいる人と万有引力によって引き付け合っている」と云えるものの、隣の人との間に働く力は重力の100億分の1程度の大きさであるため感じることはできない。それが天体規模の質量になると影響が現れ、月が地上に落ちてこない理由ともなっているのだという。正確に云えば、落ちてこないのではなく「月は落ち続けている」そうで、地球から離れようとしている月を地球が引っ張り、それでも月が直進しようとしては地球に引っ張られるというように「絶えず軌道修正を繰り返し」、地球の周りを回っているのだ。

日本発の技術、活かすのは後進だとすると……

 俗に「胃カメラ」と呼ばれ、胃がんの早期発見などで大活躍する「上部消化管内視鏡」の開発は19世紀半ばのドイツで始まった。最初は、よく磨かれた金属管を鏡として用いるという代物で、食道はゆるやかな曲線を描いているため途中で引っかかってしまい、患者は相当に苦しかったものと想像される。それから半世紀あまり過ぎた1950年、東京大学附属病院の宇治達郎医師とオリンパス光学工業の杉浦睦夫技師・深海正治技師によって、「超小型フィルムカメラ・照明用ランプ・自由に曲がる管を組み合わせた診断装置」が開発された。しかし、フィルムの現像や印刷などにはさらなる処理が必要で、リアルタイムに観察できるようになるのは1960年代に「光ファイバー」が登場してからだったのだとか。

 他にも、見えない距離を見通す「発振した電磁波の反射波を観測することで目標物の場所を知る技術」の無線探知のレーダーは、1925年に東北帝国大学の八木秀次工学博士と宇田新太郎工学博士によって開発された。ところが実用化したのは第2次世界大戦(1939~1945年)中のイギリスだったという。戦争はともかく、八木・宇田アンテナはテレビアンテナとして民間でも広く利用され、100年近く経つ現在まで通用する高い完成度を持った技術であるにもかかわらず実用化までには機会と時間を要した。開発するのは理科系の人たちだとしても、活かせるかどうかは多くの人々の理解にかかっているとすれば、文科系でも物理学の基礎知識は必要だろう。

文=清水銀嶺

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