「おじさんの存在が持つ悲しさが好き」Twitterで話題の『ねこに転生したおじさん。』著者インタビュー【今月のバズったマンガ】

マンガ

公開日:2023/6/24

 今どき面白いマンガはSNSにあり! ということで、本連載ではSNSで話題になった面白いマンガをピックアップし紹介していきます。

提供:Minto編集部

 猫はかわいい。それは自明の事実だが、おじさんがこんなにかわいいとは……。

 おじさんがトラックにはねられて気づいたら猫に転生していた漫画『ねこに転生したおじさん。』が投稿されたとき、Twitterはざわついた。転生モノは数あれど、この発想はなかった、と。

 ねこに転生してしまったおじさん(通称「ねこおじ」)は悲嘆に暮れることなく、赤子のようなピュアさで猫ライフをエンジョイしていく。ルンバに乗るねこおじ、初めての猫缶に衝撃を受けるねこおじ、通販で勝手に衣装を購入するねこおじ……。その天真爛漫さに「なんてかわいいおじさんなんだ!」と、人は魅了されてやまない。中年男性独特の文体を「おじさんLINE」と揶揄されてしまうなど、とかくおじさんにとって生きづらい世の中で、おじさんの愛らしさにフォーカスした作者・やじまけんじさんの功績は大きいだろう。

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 本インタビューでは、なぜこの革命的な『ねこに転生したおじさん。』が生まれたのか、その裏話や想いを深掘りすると共に、やじまさんご自身の漫画家としての展望を伺った。

始まりは、たまたま描いた落書きだった

──おじさんが猫になる、というシンプルなのに今までになかった設定が斬新ですよね。『ねこに転生したおじさん。』が生まれたきっかけはなんですか?

ねこに転生したおじさん。

やじまけんじさん(以下、やじま):はじめは漫画にしようと思っていなくて、落書きで猫を描いたとき、空いていたスペースに同じ表情のおじさんを描いてみたのが始まりなんです。それがなんだか転生したように見えたので、以前、編集担当さんと「おじさんが何かに転生したら面白いね」と話していたのを思い出して……。試しにTwitterに出してみたぐらいで、続ける気持ちはまったくありませんでした。

 最初の投稿がけっこうバズったので、面白がってくれるなら続きを描こうと、先の展開はあまり考えずに描いています。もともとおじさんを描くのが好きでした。

――登場するおじさんたちの表情が豊かで、愛情を持って描かれているのが伝わってきます。やじまさんが考える、おじさんの魅力はなんですか?

やじま:女性のキャラクターだと皺やそういうものを細かく描き込むことってあまりないのですが、おじさんだと皺やヒゲの剃り跡などのちょっと汚い部分をしっかり描き込めるので、そこが楽しいです。

 僕はおじさんが持つ存在の悲しさみたいなものが好きで、いろんなバリエーションのおじさんを街で見ると嬉しくなります。高い車に乗って偉そうなおじさんじゃなくて、ひとりで牛丼屋に入って食べていたりするような、庶民的で哀愁を感じさせるおじさんが好きです。

――「ねこおじ」はもちろん、社長や秘書の谷さんも人気ですよね。魅力的なおじさんはどうやって生まれたんですか?

ねこに転生したおじさん。

やじま:社長は「おじさんが猫になっても会いたくない人は誰だろう?」って考えたときに、「上司には会いたくないだろう」と思ったんです。今みたいにずっと登場させるつもりはなかったんですが、「このまま社長に飼われちゃうんじゃない?」みたいなコメントをいただいて、それは面白いな、とそのまま描いてみました。皆さんの感想がいつも面白いので、かなり参考にさせてもらってます。

――秘書の谷さんはドラマ『相棒』の俳優さんに似ているともコメントで言われていますが、おじさんにモデルはいるのでしょうか?

ねこに転生したおじさん。

やじま:特定のモデルはなく、みんな全然違うタイプのおじさんがいいなと思って描きました。谷さんも最初はそんなに意識して寄せていなかったのですが、結果的に似ているので、もしかしたら潜在的な記憶にあったのかもしれないですね。コメントをいただいてからちょっと意識しちゃうようになったというか、少しずつ引っ張られている気がします(笑)。

──社長を出すときに「会いたくない人は誰だろう?」とおっしゃっていましたが、嫌な現実を持っていこうと思った理由はなんですか?

やじま:僕は今、「ウェブトゥーン」のネームを描く仕事もしているんですが、良いことが起きて漫画を展開させるのは難しいんです。ネガティブなことが起きた方が、「それでどうするんだろう?」とキャラクターが乗り越えるところが見えやすいんです。

 だから、「ねこおじ」も最初にネズミを食べさせられそうになりました。野良猫コースもあるかなと思っていたんですが、社長に引き取られたのでそっちのコースは消えました。

「やっぱりおじさんだから」と嫌悪感は持たれないように

――『ねこに転生したおじさん。』を描くときに気を付けていることはなんですか?

やじま:女性キャラクターと「ねこおじ」は直接的に絡まない方がいいと思っているので、そのあたりは気を付けています。猫になったとはいえ、おじさんが女性に抱っこされている図はあんまり見たくないです。社長が女性と会話をするのはいいんですが、「ねこおじ」が話してると「やっぱりおじさんだから女性と話したいんだ」と思われないようにしたいです。

 あとはトイレのシーンも描きません。普通の猫エッセイだったらウンチのシーンも描きますし、たぶん「ねこおじ」もしてると思うんですが、おじさんと紐づいちゃうと生々しすぎるので(笑)。

――確かに「ねこおじ」は人間に置き換えたときに生々しいと思うようなシーンは描かれていないですよね。エピソード作りについては、どのようにアイデアを出されているんですか?

やじま:ひとつは猫あるあるです。昔、実家で猫を飼っていたときにあったことを「ねこおじだったらどうなるかな?」と置き換えてみたり。もうひとつは、「社長が会えなくなったらどうするかな」とか、キャラクターにちょっと意地悪をしたらどうなるかを考えたりしています。

 キャラクターのリアクションを見るために「これを目の前にしたらどうするんだろう?」「暇になったらどうするんだろう?」と考えて、エピソードを作っています。おじさんだったらテレビを観てるかもな、YouTubeでもきっとこのジャンルは観てないだろうな、とか(笑)。

ねこに転生したおじさん。

――YouTubeで落語を観ているのは渋いですよね。やじまさんが『ねこに転生したおじさん。』で一番好きなシーンはなんですか?

ねこに転生したおじさん。

やじま:一番好きなのは、社長が玄関のドアを開けたら「ねこおじ」が待っていて、「お迎えに来てくれたのぉ!?」ってクルクル踊るシーンでしょうか。社長の嬉しさとプンちゃんの困惑で感情に差があって、けっこう好きな回です。言葉が交わせないから起きるすれ違いが面白いという気がしてます。

『ねこに転生したおじさん。』を発表してから変わったこと

――『ねこに転生したおじさん。』は幅広い層に愛されていますが、作品を発表してから変わったことや印象的な出来事はありますか?

やじま:お仕事のご相談をいただく機会が増えました。グッズ化や書籍化のお話が一番多いです。作品にこんなにコメントをいただけるのは初めてで、こっちが笑っちゃうコメントも多くて、それが印象的です。エゴサもするんですが、怖いことが書いてあったら嫌なので「ねこおじ 面白い」とか「ねこおじ かわいい」って、ポジティブなことしか出ないキーワードで検索してます(笑)。

──「猫がかわいい」って言う人と「おじさんがかわいい」って言う人がいますよね。やじまさん的にはどちらが嬉しいですか?

やじま:猫はかわいいつもりで描いているんですが、おじさんはおじさんとして描いているので「かわいい、のかな……??」と思っています(笑)。 もちろんかわいいって言われること自体は嬉しいです。

ねこに転生したおじさん。

 一度、エイプリルフールで『おじに転生したねこさん』を出してみたら、「おじさんが濃いとけっこうキツイかも(笑)」って声もあったんで、やっぱりおじさんは後ろでぼんやりしているぐらいがいいのかなと思っています。おじさんが原液で来ちゃうと「濃い!」ってなるみたいです。

――書籍化やグッズ化の話がありましたが、『ねこに転生したおじさん。』の今後の展望は?

やじま:まず近いうちに、ぬいぐるみやガチャポン系、アクリルのちょっとした雑貨なども出るかもしれません。書籍などのお話もあるのですが正式に決まったらSNSでお知らせさせてください。

 今後については、話のテンションを上げすぎないようにしたいと思っています。最終回に向かって高まっていくというよりは、日常が続いているような小さい波の漫画にしたいです。

──ファンとしてはアニメ化や映画化もしてほしいですが……。

やじま:もちろん、そういうご相談をいただいたら嬉しいんですが、「この作品でどうやってやるんだろう?」とは思います(笑)。でも1分ぐらいの短いアニメだと面白そうですね。

「古典を作品にしてみたい」漫画家として挑戦したいこと

――ぜひ、やじまさんご自身のお話も聞かせてください。やじまさんが漫画を描き始めたきっかけはなんですか?

やじま:漫画家になりたかったという父親が、小学生の頃に描いた僕の落書きを「お前は天才だ」と褒めそやしたんです。僕もその気になって「じゃあ漫画家になるか」と自由帳に描き出したのが始まりです。

 それから中学時代までは漫画を描いていたのですが、高校時代やフリーター時代にはあまり描かなくなりました。20代後半で漫画家を諦めて就職しようとCG学校に入学したら、CGが難しすぎてびっくりするぐらいできなくて。そこで唯一、絵コンテを描くのだけは得意だったんです。それで「やっぱり漫画をもう一回頑張ってみる方がいいかも」と漫画を再開しました。

――過去に漫画を描いていた経験が絵コンテで活きたんですね。漫画を描く際に、影響を受けた漫画家はいますか?

やじま:『ジョジョの奇妙な冒険』の荒木飛呂彦先生がすごく好きです。『ねこに転生したおじさん。』に影響があるかは分からないんですが、変な髪型とかはちょっと影響を受けているかもしれません。あとは黒田硫黄先生や小林まこと先生とか。直接似ているものは一個もないんですが、どこかで薄まったり混ざったりして出ているかなと思います。

──今後、挑戦してみたいジャンルやテーマはありますか?

やじま:古典を作品にしてみたいと思っています。著作権が切れている昔の作品や童話をキャラクターで漫画にしたら面白いんじゃないかなと。それもまずは1、2ページぐらいの短い尺にしてSNSで出してみたいです。

──やじまさん流に噛み砕いて描かれた古典作品、ぜひ読んでみたいです。漫画家としての今後の目標はなんですか?

やじま:僕は自分のキャラクターの立体フィギュア化にずっと憧れているんですが、それが今回の作品で叶いそうなんです。だから次は、漫画が先じゃなくてLINEスタンプや他のプラットフォームから始まるキャラクターを作れたら楽しそうだなと思っています。キャラクターを先に出して、そこから漫画だったり立体だったりにできたらいいなと。

──やじまさんのキャラクターは人も動物も魅力的なので、人気が出そうですね。最後に『ねこに転生したおじさん。』ファンにメッセージをお願いします。

やじま:いつも皆さんのコメントが本当にすごく面白くて笑ってしまいます。コメントを楽しみに描いているところもあるので、これからもたくさんいただけると嬉しいです。

文=Minto編集部 石島英里

やじま

SNSを中心に活動するネットマンガ家。
2023年に福岡市に移住、会社から独立してフリーランスとして活動している。
Twitter:@yajima_en(https://twitter.com/yajima_en
Instagram:yajima_en(https://www.instagram.com/yajima_en/)

<第4回に続く>

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