柚木麻子「人を巻き込んで自死した太宰が魅力的に描かれるのはなぜ?」成功譚の裏でとりこぼされた女性たちに迫る2冊【私の愛読書】

文芸・カルチャー

公開日:2024/4/13

 さまざまな分野で活躍する著名人に、お気に入りの一冊をご紹介いただく連載「私の愛読書」。今回ご登場いただくのは、最新刊『あいにくあんたのためじゃない』(新潮社)を上梓したばかりの柚木麻子さん。『らんたん』執筆をきっかけに注目するようになった「語られることのない女性たちの歴史」に繋がる、おすすめの2冊についてうかがいました。

柚木麻子さん

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――今回、選んでいただいたのは『焼き芋とドーナツ 日米シスターフッド交流秘史』と『お買い物は楽しむため 近現代イギリスの消費文化とジェンダー』。どちらも、女性たちが歴史的にどういう立場に置かれ、どのように生き抜いてきたのかが描かれていて、おもしろかったです。

柚木麻子さん(以下、柚木):世の中には語られていない女性の偉人がたくさんいるのだと、『らんたん』を書いたときに思ったんですよね。たとえば婦人参政権を実現させた市川房枝はもっととりあげられて、ドラマになってもいいと思うんですけど、必ず「でもけっきょく戦争協力した人間じゃないか」と言う人がいる。林芙美子もそうで、「戦争協力した作家を卒論の題材に選ぶなんてフェミニズムとしてどうなんだ」と教授から言われた、という方を知っています。でも、だったら豊臣秀吉はどうなんだ。人を巻き込んで自死した太宰治は、セクハラ常習者の川端康成はどうなるんだ、と私は言いたい。彼らの物語をキャンセル、と言いたいわけではなく、だったら女性の物語も少し甘くしてもらえないかな? と提案したいです。

――確かに。男性は、積極的に戦争を仕掛けていようと、ドラマや小説の題材として、くりかえし登場しますよね。

柚木:男性のことは、弱さもふくめて魅力的に描くのに、どうして女性に限って、凛として体制にはなびかない、清廉潔白な人であることが求められるのかと。それでも、『らんたん』で描いた河井道は女性教育の礎をつくった“成し遂げた”人だけれど、成功譚の裏でとりこぼされた市井の人たちは大勢いる。そういう人たちのことをもっと知りたい、と思うようになりました。女工哀史も、けっきょくは男性の目線で語られていて、不幸で理不尽な労働をさせられていた話ばかりが出てくる。大杉栄が米騒動を起こした裏で、農村部の女性たちが知的に交渉を重ねていたことなんて、かき消されてしまうんです。

――そういうとりこぼされた話が、まさに紹介していただいた2冊には描かれています。

柚木:働くために地元を離れ、家制度から解放され、自分のお金を持てるようになった女性たちがおやつを買う、というのはどこの国でも、現代でだって起きていること。歴史では語られないその営みを、この2冊では消費を通じて明らかにしています。文学の世界では、たとえばタピオカみたいな流行りの食べ物に食いつき、群れる女性たちのことを卑近な存在として描きがち。世間に惑わされず、孤高に生きる女性を崇高に描きがちですが、百年後の教科書に載っているのはタピオカに列をなしていた女性たちのほうですよ。みんなインスタ映えを馬鹿にするけど、それこそが世相を映し出しているんです。

柚木麻子さん

――『焼き芋とドーナツ』は、具体的な食べ物を通じて、当時の人たちの営みがとても身近に感じられましたが、『お買い物は楽しむため』を読んでいると、イギリスだろうと日本だろうと、どの階級にいる人だろうと、根っこは同じなんだなと思わされて、おもしろかったです。

柚木:私、デパートも大好きなんです。ブロンテの『ヴィレット』やジブリの『魔女の宅急便』で、都会に初めてやってきたヒロインが、今はまだ何も持たないちっぽけな存在だけど、活気づいた街を前に無限の未来を夢想する、みたいな描写が大好きなんですよ。その場所で一から生活をつくっていこうとする姿が。とくに『ヴィレット』では、ロンドンの街をワクワクと見渡す場面がイキイキと描かれていて、決して軽薄なものとして扱わない。女性が家から離れて、お金の出どころは夫かもしれないけれど、消費を通じて自分だけの交流の場を得ることは、当時、とてもエポックな出来事だったんです。長い目で見たら、フェミニズムを推し進めるきっかけにもなる。

――自分で選択する自由を得る、ということですもんね。

柚木:たとえば今でいうと、K-POPに憧れているうちに韓国文学を読み、フェミニズムを知ることがあるように、一見、ミーハーな消費がエンパワメントにつながる可能性は大きい。『らんたん』で描くことができなかった、歴史上あまり語られてこなかった人たちを想像してみるときに、ファッションやフードといったその時の流行を追ってみると、想像以上にたくさんの景色に触れることができます。そういう意味で、この2冊は今の私にとって、道しるべのような存在なんです。

取材・文=立花もも、撮影=後藤利江

柚木麻子さん

<第44回に続く>

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