『謎解きはディナーのあとで』の東川篤哉が小説を書くきっかけになった、長編ミステリー。「今読むと不安になるから、あの頃読んでおいて良かった」と語る理由とは?【私の愛読書】

文芸・カルチャー

公開日:2024/3/16

東川篤哉さん

 さまざまな分野で活躍する著名人に、お気に入りの一冊をご紹介いただく連載「私の愛読書」。今回ご登場いただくのは、最新刊『博士はオカルトを信じない』(ポプラ社)で自身初のオカルトに挑戦されているミステリーの名手、東川篤哉さん。そもそも東川さんはなぜ小説を書き始めたのか。そのきっかけを作った3冊のミステリー作品との出会いや作品の魅力について、教えていただきました。

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●怖いけどミステリーの面白さがある『犬神家の一族』

——今回教えていただいたのが、横溝正史さんの『犬神家の一族』(KADOKAWA)、赤川次郎さんの『死者の学園祭』(KADOKAWA)、有栖川有栖さんの『月光ゲーム Yの悲劇’88』(東京創元社)の3冊です。子どもの頃から多くのミステリーを読んできたという東川さんですが、この3冊を選んだ理由とは。

東川篤哉さん(以下、東川):僕が大きく影響を受けた3冊を挙げました。子どもの頃、エラリー・クイーンの子ども向けにリライトされた作品を初めて読んで、それからポプラ社のシャーロック・ホームズやアルセーヌ・ルパンを読み、中学生になってから、アガサ・クリスティやエラリー・クイーンの小説を読むようになったんですが、一方で横溝正史ブームというのがあって。それで読んだのが、『犬神家の一族』ですね。小説も読んだし、映画やテレビも観て、それがすごいインパクトでした。

犬神家の一族
犬神家の一族』(横溝正史/KADOKAWA)

——『犬神家の一族』は1950年に雑誌掲載され、のちに書籍化。1976年に公開された映画をはじめ、金田一耕助を主人公とする物語がこれまでに何度も映像化されています。

東川:石坂浩二が演じる金田一耕助とか、古谷一行の金田一耕助とか。僕が観たのはテレビで放送されたものでしたけど、小学6年生くらいだったし、すごく怖かったです。僕らの世代ってミステリーに入る経路がだいたい似ていて、僕もご多分に漏れず、横溝正史ブームの中で『犬神家の一族』を読みましたね。映画が先だったので、原作を読んだのは中学生くらいです。当時は、江戸川乱歩の小説に登場する私立探偵・明智小五郎を天知 茂が演じる土曜ワイド劇場も観ていました。

——小学生というと、テレビはご家族と一緒に観られたんでしょうか。

東川:たぶん兄と一緒に観たと思うんですけど、まあ怖かったし、一方でミステリーとしても面白い印象がちゃんとあったんですよ。その頃はもう他のミステリー作品も読んでいましたし。ミステリーとして優れた作品を挙げるなら『本陣殺人事件』や『獄門島』でもいいんですが、やっぱり映画の印象が強いのと、1冊選ぶなら「犬神家」かなと思いました。横溝作品はどれも面白いですし、映画化されている作品も多いから、原作と映像を両方楽しむのも面白いと思います。

●「小説を書きたい」と初めて思った赤川次郎作品との出会い

——赤川次郎さんの『死者の学園祭』は、1977年に刊行された長編デビュー作。こちらはいつ頃読まれたのでしょうか。

東川:これは高校生の頃ですね。角川映画で『セーラー服と機関銃』とか赤川さんの作品が次々と映画化されていて、それでもずっと読んでいなかったんですが、1983年の夏に突然読み始めたんです。

死者の学園祭
死者の学園祭』(赤川次郎/KADOKAWA)

——はっきり覚えていらっしゃるんですね。

東川:なんで覚えているかというと、1983年の1年間だけ違う家に住んでいたからです。中学1年から高校1年まで下関に住んでいて、それから鹿児島に引っ越すんですけど、下関で過ごした4年のうち最後の1年だけ違う家に住んでいたので、すごく印象に残っていて。その年の夏、ちょうど角川映画で『探偵物語』と『時をかける少女』の映画が2本立てになっていて、その時に、角川文庫にあった赤川次郎さんと筒井康隆さんの小説をやたらと読んだんですよね。その中の一冊が『死者の学園祭』でした。

——赤川さんの作品はやはり作品数が多くて選ぶこと自体が楽しいですし、読みやすいので次々と読めてしまいます。

東川:当時、角川文庫に入っていた作品は全部読んだと思います。『死者の学園祭』は主人公が高校生で、読んでいる僕も高校生だったし、青春ミステリーと言われるものを読んだのは、ほぼ初めて。横溝正史とかを中学生の頃に読むと、完全に背伸びした読書というか、すごく大人の世界を読んでいる感じでしたけど、赤川さんは自分と同世代の主人公が殺人事件に巻き込まれていくのが面白かったですね。海外の古典や日本の横溝とは全然違うミステリーという印象で、すごく新鮮だった記憶があります。

——そういう意味では、背伸びした作品から入り、その後に等身大とも言える作品を読まれていますね。

東川:そう、普通は軽めの作品から入ると思うんですが、僕はエラリー・クイーンや横溝など、むしろ重めの作品から入ったから、逆じゃないかって思いますが…。それもあって、赤川次郎さんの小説を読んだときに、自分も小説を書きたいって思ったんですよ。10代の子が横溝正史のような作品を読んで、面白いって思うことはできても、自分で書こうとは思わないんですよね。赤川さんの本を読んだときに、こういう作品なら自分でも書けるかもしれないって、ちょっと思ったところはあります。といっても、当時はまだ何も書かなかったんですが。

●若い主人公に衝撃を受けた、有栖川有栖の新本格ミステリー

——3冊めに挙げていただいたのが、有栖川有栖さんの『月光ゲーム Yの悲劇’88』。1994年に刊行された、有栖川さんのデビュー長編です。

東川:これは社会人になってから、26歳くらいの時に読みました。大学生の頃は、映画は好きでしたが、あまり本を読まなかったんです。社会人になって、ちょうど会社を辞めたときだったので、急に暇になって。久しぶりにミステリーでも読むかと本屋さんに行ったら、その時はもう新本格ミステリーブームが始まってから何年か経っていて。『月光ゲーム』も文庫本になっていたんです。

 新本格ミステリーブームみたいなものがあるらしい、ということは漠然と知っていましたが、会社員時代は忙しくて本を読めなかった。だから会社を辞めたときに、やっぱり本格ミステリーを読みたいと思い、最初に手に取ったのが『月光ゲーム』でした。

月光ゲーム Yの悲劇’88
月光ゲーム Yの悲劇’88』(有栖川有栖/東京創元社)

——新本格ミステリーと言われるジャンルに初めてふれて、いかがでしたか。

東川:僕の考えている本格ミステリーとは違うなって思いました。主人公が若いですよね。大学生がクローズドサークルの中で殺人事件に巻き込まれて…その感覚が新鮮でした。今は当たり前にあるかもしれないけど、それまでの日本の本格ミステリーって横溝正史でも松本清張でも、若い主人公はほとんどいなかった。僕のイメージしているのと違っていて、その「違う」っていうのが新本格の“新”たるところなんですよ。今こういうのが流行っているんだなっていうのを知って、有栖川さんや綾辻行人さん、法月倫太郎さんの本を読み、それで自分もやっぱり書いてみようと思いました。

●どの作家も代表的な長編を読みたいと思っていた

——今回挙げていただいた3冊はどれも長編でしたが、長編がお好きなんでしょうか。

東川:そうでもないんですが、言われてみれば、どの作家でも代表的な長編作品を読みたいと思っていました。作家として書くなら短編が好きですが。ついこの間、エッセイを書くときに、赤川次郎さんの『一日だけの殺し屋』(KADOKAWA)という短編集を読み返したんですが、やっぱり面白かったですね。高校生の頃に読んだきりでしたから。

——3冊とも、その時代に流行っているものをしっかり読まれてきたんだなと感じます。

東川:そうかもしれませんね。その時代に読んでいて良かったとは思います。今読んでも面白いですが、当時読んだから良かったということもあるでしょうね。作家になってからはあまり小説を読まなくなるんですよ。人によるんでしょうけど、僕は他の人の作品を読むと、自分が書いているものとかぶったらどうしよう、と不安になってしまうので。だから余計に、あの頃、読んでおいて良かったなと感じます。

東川篤哉さん

取材・文=吉田あき、写真=三浦貴哉

<第42回に続く>

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