清掃工場の思い出(前編)/絶望ライン工 独身獄中記⑯

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公開日:2024/4/17

絶望ライン工 独身獄中記

〈まえがき〉
この文章はすべてフィクションであり、筆者が想像で書いたデタラメの内容です。
登場する施設や組織、団体は実在せず、地球によく似た天体やまるで人類であるかのように振舞う生命体も含めすべて虚構です。
人間は生まれながらにして皆平等で尊く、価値のつけられない素晴らしい存在であることは疑いようもありません。
以上を考慮の上、読み進んで頂ければ幸いです。
(独身獄中記 担当編集M)

人間の価値は皆平等だと教育されるが、人生を歩めば歩むほどそうではない場面に出くわす。
我々は口をそろえて平等たる正義を唱えるものの、大人は莫迦ではない、心の中では薄々気が付いている。
ヒトにはあきらかに優劣がある──容姿や家柄、人格や身体能力、社会的地位や資産。しかしそれを公の場で発信することは禁忌とされ、市民は一様に口を噤む。
この緘口令は年々厳しさを増し、例えば上記に「職業、人種、性差、国籍」など追記することは、令和のこの世界で許されない。

しかし賢明な我らは言葉にせずとも、この不都合な禁忌を感覚で知っている。
見上げるより見下ろす方が安心するし、弱者はより弱者を見つけて尊厳を守る。
誰もが自分のランクを、生活水準を、幸福度を隣人と比べて生きている。
SNSの普及によりこの背比べはより身近になり、気軽に隣人にランクマッチを挑める世の中になった。
幸福はいまや絶対的なものではなく、基準からの相対値を測るリレイティヴな価値観である。

自分もそれに倣い、常日頃から相対的幸福を追求している。
誰かと比べて安心したり、下を見て尊厳を守る日々を過ごす。
では誰と比べているのかというと、それは過去の自分、一番辛かった時期の絶望ライン工です。
5年前の冬、清掃工場で働いていた頃の自分。
いつも今とその時と比べてしまう。人生のどん底を味わいつつも、こうしてしぶとく生きる術を身につけることができた貴重な時間だった。
あの頃に比べれば、今日のほうがよっぽどマシだ──そう思える体験がいかに大事か、当事者はなかなか気づけない。

当時の無力感や恐怖、絶望感。日に日に薄れゆく5年前の記憶を記録として残したく、本稿に挑む。
特定の職業や組織を差別する意図はなく、見たまま、感じたままを書くが、もし読者が「差別である」と感じたなら、それは甘んじて受け入れる覚悟である。
又、執筆者として禁忌に触れぬよう細心に心掛け、連載担当編集の名誉を傷つけぬよう努めることをここに表明する。
(つまり大目に見てね、ってわけ)

5年前の冬頃、私はびっくりするくらいお金がなく、困窮していた。
仕事もなく、毎日時間だけを持て余す。
暇な時間をゲームに費やし、夕方から安酒を飲んでグウタラと眠る。
貯金は可笑しいくらいにカツカツと減り、数か月後にはいよいよ家賃も払えなくなるだろう。
そんな折、目に入ったのが清掃工場の求人である。
朝8時半から午後4時半までペットボトルを仕分けて日給9,000円。
週払いも応相談、そして何より「清掃工場」への好奇心に負け、即電話し翌日に面接となった。

面接は履歴書不要、希望シフトや就業に関する確認のみであった気がする。
温厚そうな工場長に念を押された、
「辞める際は当日朝までに電話連絡、これだけはどうか守って欲しい」
という謎の約束。
おそらくバックレが多いのだと理解したが、後々この意味を身をもって知ることになる。
作業着一式は貸与、マスクと軍手のみ返却不要で支給。
清掃工場自体が陸の孤島(というか埋立地)にあるため周囲にコンビニや飲食店は一軒もなく、昼食は弁当を持っていくか出勤時に配達弁当を注文する。
その他業務内容や規則を簡単に説明された。
暴力行為は理由の如何を問わず一発解雇である、という項目が強烈に印象に残る。
就業規則にそんな文章があるのを初めて目にしたし、驚くとともにそんなに暴力が多いのかと不安に思う。

そして面接後、おそらくこれが本来の目的なのだろう、通過儀礼として現場を見学させてもらう。
応募者の大半はここでふるい落とされ、シフトは後日連絡しますと言って来ないらしい。
私も大変に面食らった。
薄暗い工場の2階で、不気味な音を立てて流れるベルトコンベア。
その上をじゃらじゃらと転がるペットボトルや空き缶を、作業着を着た20人の影が一言も発せず、ひたすら手で仕分けていた。

清掃工場、ここは何かをつくる工場ではない。
けたたましく駆動するベルトコンベアは製造ラインではなく、廃棄された資源ごみの選別ラインだ。
生産ではなく処分、この工場は何もつくらない。
ラインが辿り着く先は絶望だ。

そしておれ、、はこれから、絶望ライン工になるのだ。

<第17回に続く>

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絶望ライン工(ぜつぼうらいんこう)
41歳独身男性。工場勤務をしながら日々の有様を配信する。柴犬と暮らす。
絶望ライン工ch :https://www.youtube.com/@zetsubouline