【連載】『小説 最後の恋』第1回 中嶋ユキノ×蒼井ブルー

文芸・カルチャー

更新日:2018/9/18

 10月10日に3枚目のオリジナルアルバム『Gradation in Love』をリリースする、シンガーソングライターの中嶋ユキノさんと、ツイートをまとめたエッセイ『僕の隣で勝手に幸せになってください』をはじめベストセラーを連発する、文筆家・写真家の蒼井ブルーさんがコラボレーション。『Gradation in Love』に収録される楽曲“最後の恋”をテーマに、蒼井ブルーさんが書き下ろした『小説 最後の恋』をお届けします。さらに、この書き下ろし小説のストーリーとリンクした、“最後の恋”のMVを制作(10月に公開予定)。どのような物語が展開されるのか、ぜひ確かめてみてください。

 古民家を改装して建てられたレトロモダンで、カフェよりも喫茶店と呼ぶ方がしっくりくる。ごく周辺の住民しか通らないような路地裏の入り組んだ立地。にもかかわらず、いつも多くの人で賑わっていて、夜や週末には入店待ちの列ができる。

 しかし最近では、平日の日中であってもその様相を呈してきた。とある番組で「店員がイケメンすぎる」と紹介されたらしいのだ。いつの時代も世界はイケメンを欲している。まあ私は、この時代にしか生きたことがないが。

 ここ『色彩』へ通うようになったのは1年前のことで、当時はまだこれほどの人気店ではなかった。イケメン店員は当時からいたが、今いるモデル風の彼らとは違って、なんというか、おばさま方にうけのよさそうな顔の濃い人だった。

 そういえば昔、友人女子に、「顔が濃い人は生命力が強いから、結婚するならそっちの方がいいよ」と言われたことがあった。どのような根拠があるのかは知らないが、妙に納得してしまったので覚えておいて損はないかもしれない。

 通うようになったきっかけは、ずばり言ってしまうと男だった。イケメン目当てに訪れる人々と何も変わらない、清々しいまでの不純さである。

 言い訳になるが、当初の目当ては男ではなく、たまごサンドだった。おいしいと評判のそれをインスタ女子会(Instagramのネタになりそうな場所へ友人女子たちと出かける会)のみんなで食べに来たのが、私と色彩との出会いだったのだ。

 たとえイケメン要素が皆無であっても私はここへ通っただろう。

 隠れ家的な立地にはまるで会員制のような優越感があり、店員たちは忙しそうにしながらも品と愛想を忘れることがない。落ち着いた内装は自宅とは違ったリラックスを提供してくれ、椅子やテーブルはどれも持って帰りたくなるくらいにセンスがよい。

 一度、参考までに椅子のブランドや値段を訊いたことがあったのだが、私にはとても払える額ではなかった。以来、ここで座るたび、「あ、高い椅子だ」と思うようになって、もしかするとお尻も喜んでいるかもしれない。今後はここへ来ることを尻活と呼ぼうか。人に聞かれたら下ネタと勘違いされそうだが。

 ここが人気店となってゆくことには、うれしい反面寂しさもあった。たとえば売れない時代から応援していたバンドがメジャーになり、誰からも認知されるようになった途端どこか気持ちが冷めてしまうような、あの感覚と似ていて。

 色彩には、いつ来てもさっと入れる場所であってほしいと願う。つぶれてなくなってしまわない程度に。そう考えて、随分わがままな意見だと我ながらおかしくなった。

 1年前のインスタ女子会当日、私を含む友人女子4人は新たなネタ獲得に胸を膨らませて色彩を訪れた。

 入店すると顔の濃いイケメン店員が「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」と。内装は今と変わらず、第一印象からして好きだと思った。

 ふたりがけのテーブルが8つにカウンターが6つの計22席からなる店内は、うっすらとピアノのBGMが聞こえるもののとても静かだった。それもそのはずで、日曜のランチどきにもかかわらず、客はテーブル席にカップルが1組とカウンター席にひとりがいるだけだった。

 本当においしいと評判なのだろうか、心配になる。

 私たち4人は窓際とその隣のテーブル席に陣取った。インスタ映えにはとにかく光が命で、窓際席はもっとも重要な要素のひとつである。

 ちなみに人気店となった今では混雑しているため、「お好きな席へどうぞ」が聞かれることはまずなく、光を得られるかどうかはほとんど運頼みになった。そして顔の濃いイケメン店員ももういない。

「申し訳ありません、ただいまたまごサンドのご提供ができなくなっておりまして」

 ドリンクと本日のメインコンテンツであるたまごサンドを人数分オーダーした私たちに、店員が濃い顔をひときわ濃くして言った。

 思わず4人で顔を見合わせる。

「もう売り切れちゃったんですか?」

「いえ、あることはあるのですが、調理担当が少々席を外しておりまして。じき戻るかと思うのですが。あの、調理担当といいますか、店長なのですが」

「ああ、そうなんですね……どうしよっか?」

「あの人は作れないんですか? たまごサンド」

 友人女子のひとりが控えめに指をさして言った。目をやるとカウンター内に男子の店員がいて、カウンター席の客と親しげに話している。

「そうですね、彼はちょっと。正式な店員でもありませんで」

 正式な店員とそうではない店員がいる店。私たちのたまごサンドは一体どうなってしまうのだろう。

「あっ、店長」

 濃い顔のイケメン店員が窓越しに店外を見てそうつぶやいた。

「店長が戻ってまいりました。たまごサンドはオーダーということでよろしいですか?」

 店長は、丸眼鏡に硬そうな髪にひげ面にぽっこりおなかの、クマが人間に生まれ変わったとしたらこう、という風貌のおじさんだった。顔の濃いイケメン店員とひとことふたこと交わしたのち、カウンターへ入ってすぐに調理に取りかかる。

 ああ、よかった、私たちのたまごサンドさん。

「先にドリンクをお持ちしました」

 正式ではない店員がトレイにドリンクを乗せてやって来た。

 正式ではないと事前に聞かされていると、こぼされでもしないかと注視してしまう。しかし彼は、どこからどう見ても正式な店員の手さばきで、去り際には「ごゆっくり」とやわらかな笑顔まで見せた。

 たまごサンドは店長が自ら持って来た。

「お待たせしちゃってごめんなさいね、サービスで大盛りにしておきましたので。はい、たまごサンド大盛り。ゆっくり食べていって」

 たまごサンド大盛り、なんて幸せな響きなのだろう。

 店長は、にっと笑ってカウンターへと戻った。丸眼鏡の中の黒々とした目。いい人だと思った。そしてそばで見ると大きさもクマ並み。

 たまごサンドは見た目もよく、味も想像以上で、私たちインスタ女子会のミッションはことなきを得た。

「よかったらまた来てくださいね。ここ、いいところなので」

 たまごサンドを食べ終わった頃、いつの間にか私服姿になっていた正式ではない店員が、まるで正式側の口ぶりでそう言い、最初のと同じやわらかな笑顔を残して店を出て行った。

 あの人の立ち位置がわからない。だが、おや、もしかするといい男なのでは。平均的な日本人の顔。しかし少なくとも、私には濃い顔のイケメンよりも素敵に映った。

「七海、どしたの? ぼーっとして」

「えっ、ううん」

「もしかしてさっきの人、タイプだったりした?」

「んー、どうかな」

 私は視線を落とし、両手は膝の上に置いたまま、唇だけでストローを迎えにいった。

「七海ってさ、ああいう普通っぽい人が好きだよね。もったいないよ、モテるのに。顔とかあんまり気にしないの?」

「気にしないことないよ。でも、よく笑ってくれる人は好きかな」

「じゃあさ、たまにしか笑わない超美男子といつも笑ってる超ブサイクだったら、どっちと付き合う? あたしは100対0で美男子だけど」

「んー、悩む」

 友人女子たちが一斉に「悩むな」と言って笑った。

第2回に続く

 

●中嶋ユキノ/Yukino Nakajima
浜田省吾のアルバムにフィーチャリングボーカリストとして参加したのをきっかけに2016年に浜田省吾プロデュースでメジャーデビュー。シンガーソングライターとしての活動の傍ら、数々のアーティストのライブのバックコーラスやレコーディングコーラスも手掛け、作詞提供など作家としても活躍中。今回のコラボレーション企画のテーマとなっている「最後の恋」は、10月10日リリースのアルバム「Gradation in Love」に収録。現在アルバムの発売に先駆けて配信中。
・オフィシャルサイト:http://nakajimayukino.com/
・「最後の恋」先行配信:https://NakajimaYukino.lnk.to/saigonokoi



●蒼井ブルー
大阪府生まれ。文筆家・写真家。写真家として活動していた2009年、Twitterにて日々のできごとや気づきを投稿し始める。ときに鋭く、ときにあたたかく、ときにユーモラスに綴られるそれは徐々に評判となり、2015年には初著書となるエッセイ『僕の隣で勝手に幸せになってください』(KADOKAWA)を刊行、ベストセラーになる。以降、書籍・雑誌コラム・広告コピーなど、文筆家としても活躍の場を広げている。
・Twitter:@blue_aoi
・Instagram:blue_aoi