総理大臣視察中の高校を武装勢力が占拠! JKが日本を救う!? 『高校事変』/連載第7回

文芸・カルチャー

更新日:2019/6/13

超ベストセラ―作家が放つ衝撃のアクション巨編!
平成最大のテロ事件を起こし死刑となった男の娘・優莉結衣(ゆうり・ゆい)の通う高校に、総理大臣が訪問。
そこに突如武装勢力が侵入し、総理が人質にとられそうになる。
結衣が化学や銃器の知識を使って武装勢力に対抗するが…。
武装勢力の真の目的、そして事件の裏に潜む驚愕の真実とは…?

『高校事変』(松岡圭祐/KADOKAWA)

 鴇砥はネクタイをしていなかった。大きく開いた襟に、金いろのネックレスがのぞく。大仰に舌打ちすると、鴇砥は宮森を突き飛ばした。宮森がふらついて尻餅をつく。

「ふざけろ」鴇砥が怒鳴った。「俺たちのカバン、地面につけんじゃねえよ。早く立って歩け。かまってもらえるだけでもありがたいと思えよ、宮森。いつもどおりホテル前の掃除もな」

 わざと周りにきこえるように声を張った、そう思える。宮森は半泣き顔で起きあがった。だが立ちあがるや、また鴇砥が頭をひっぱたいた。

 結衣が足をとめかけた。澪は手をひき、静止しないよううながした。結衣が無言で歩きだす。澪は内心ほっとした。

 周囲にバレにくい、陰湿ないじめが蔓延る昨今、鴇砥らは前時代的な不良に分類される。けれどもこの辺りには少なからず暴力的な輩がいる。市内では四年ほど前、多摩川の河川敷で、キレた無職の少年グループに中学生が殺される事件があった。報道は大騒ぎだったが、いまさらという印象しか受けなかった。鴇砥にかぎらず、その手の予備軍は学校でも多く見かける。

 スマホの着信音が短く鳴った。結衣がスマホをとりだし、画面を眺めた。

「なに?」澪はきいた。

「施設から」結衣はラインの返信メッセージを入力しだした。

 澪はその画面をのぞきこんだ。相手の名は『つむぎ』となっていた。「つむぎちゃんって、たしか前にも……」

「そう。施設にいる小四の女の子。田代勇次君のサインをもらってきてって」

「あー。困るよね。同じ学校っていうだけで頼まれちゃうし」

「両親をともに亡くしてる子だし、なんとかしてあげたいけど」結衣は表情を曇らせ、スマホをしまいこんだ。

「バドミントンの田代君に負けてられないでしょ。だから優莉さんも吹奏楽部で華々しくデビュー」

「またその話?」

「注目を浴びるのは男子生徒じゃなく女子生徒だって。ネットニュースにも書いてあった。最終的に日本を救うのは女子高生。輸出されてるアニメやゲームでも和製美少女キャラに関心が集まってる。アイドルはいわずもがな。JKが経済を動かす」

「たんなる好奇心の対象、商品化のレッテルでしょ」

「学校の救世主になるかもよ。国も結局は女子高生を頼る。それが日本」

「お腹すいた。近くに回転スイーツとかオープンしないかな」

「ちょっと。話きいてる?」

 駅付近までくると、同じクラスの女子生徒らが歩いていた。澪は声をかけようとしたが、集団はそそくさと歩を速め、たちまち遠ざかっていった。

 嫌な空気が漂う。澪は笑顔がひきつるのを自覚した。

 前を行く四人組の後ろ姿が、やはり知りあいだとわかった。新沼亮子とその連れだった。ひとりが振りかえり、こちらに気づく反応をしめした。仲間になにごとかささやく。

 亮子が足をとめた。澪を眺め、次いで結衣を睨みつけた。あからさまに顔をしかめ、道端に避けるよう連れをうながす。四人は澪と結衣をやりすごした。

 無言のうちに四人のわきを通りすぎる。結衣が歩きながらつぶやいた。「ほら。吹奏楽部なんて務まるわけないでしょ。みんな音楽室から逃げだしてく。演奏会でもそう」

「そんなことないよ」

 すると後方から亮子の声がきこえてきた。「クラスに犯罪者の娘がいるとかうんざり」

 ほかの三人が笑い声で応える。澪のなかに不快な気分がひろがった。耳に届くように悪口をいう。それも集団を扇動し、いじめの対象を孤立させたうえで。鴇砥のような公然たる暴力とはちがう。だが受けるダメージはけっして軽くない。女子の悪いところが集約されたいじめの手口だった。

 澪は結衣にささやいた。「気にしないで」

 亮子の声がひときわ大きくなった。「ブスのくせに気どってやがるんだよね。男に相手にされなくて必死すぎ。妙に英語が達者なのって、まともな環境に育ってない証拠じゃん。親がおかしなのとばかりつきあってたからだし」

 ほかのひとりが茶化すようにいった。「ヤクの売人とかじゃね?」

「そうだよ」亮子が笑った。「ヤクだよ。ラリってる。娘もおんなじ。いい迷惑。蛙の子は蛙だし、類は友を呼ぶよな。キモいデブが行くあてなくて、犯罪者の娘にすり寄ってる」

 自然に歩が緩んだ。しかし振りかえる勇気はなかった。澪は身震いした。標的にされている。

 亮子が語気を強めた。「犯罪者の仲間はね、顔がキモいよね。ぶくぶくに肥え太ってて、たいていチューバとか吹いてる。チューバッカとか呼ぼうか」

 元ネタを知らないらしい、連れが笑いながらきいた。「なにそれ」

「なんでもいいの。あいつこれからチューバッカ。チューバッカとの交友禁止。キモいから」

 意識せずにおこうと思っても、抑制しきれない感情がこみあげてくる。思わず泣きそうになり、後ろを振りかえった。

 四人がいっせいに笑い声を発した。手にしたスマホをこちらに向けている。動画を撮影しているらしい。ひとりが甲高く叫んだ。「チューバッカがこっち見てるよ! 不細工。最悪」

 涙に視界が揺らぎだした。学校に通いながら、いつもこんな状況を恐れてきた。こうなることを避けられなかった。理不尽なのは承知のうえだ。けれどもどちらが悪いか、正しい判断を仰げる世のなかではない。多数派が正義だった。クラスの女子生徒にはたちまち伝播する。女子と仲のいい男子生徒も同調する。逃げ場はない。小学校でも中学校でも経験した。それが嫌で、高校では最初から明るく振る舞ってきた。なのに努力は報われなかった。

 笑いものにされ、孤立したたずむ。またこんな立場に置かれている。いったん追いこまれた以上、人間関係は修復できない。自分に非がなくとも、あったような気にさせられてしまう。

 そのとき結衣が振りかえった。冷やかな目つきで亮子を眺めた。「おまえのほうがずっと太ってね?」

 一瞬の沈黙があった。亮子はけたたましく笑った。「なにこいつ。なんかいってるよ。キモい」

 事実を突かれたら、論点をずらしてマウントをとる。いじめる側はいつもそうだった。理屈ではない。反撃は無意味だ、澪は悲嘆に暮れながらそう思った。

 それでも結衣は醒めた顔でつづけた。「食いすぎは心筋梗塞の発作につながる。高校生でもデブなら中高年と一緒」

 亮子はまたおかしくもなさそうな笑い声をあげた。しかしほかの三人は戸惑いのいろをしめした。どう反応していいかわからない、そんな表情になっていた。亮子ひとりだけが笑い飛ばすことで、なんとか乗りきろうとしている。

 仲間が同調せず、ひとり浮くのを自覚したのだろう、亮子の顔が真っ赤になった。結衣に怒鳴った。「おまえが瘦せてるのは貧乏人だからだろ。施設暮らしの貧乏人。優莉匡太の娘。極悪人のクズ。よりによってうちの高校に転校してくんなよ。死刑囚の娘のくせに。死刑……」

 言葉が途切れた。澪は衝撃を受けざるをえなかった。

 紅潮していた亮子の顔面が、みるみるうちに蒼白になっていく。全身を痙攣させ、喉もとを掻きむしり、激しく咳きこんであえいだ。空を仰いだかと思うと、口から大量の泡を吹きだし、その場にくずおれた。

 残る三人が悲鳴をあげた。だが亮子に駆け寄る者はいない。澪も恐怖とともに立ち尽くすしかなかった。近づこうにも身の危険すら感じる。

 路地に生徒たちが集まってくる。やはり遠巻きに見守るだけだった。亮子はのたうちまわり、泡を吹きつづけた。やがて嘔吐しだした。胃の内容物がまき散らされ、独特の酸っぱいにおいが漂う。亮子は突っ伏したまま、ぴくりとも動かなくなった。

 結衣が冷徹な表情で、ぼそりとつぶやいた。「キモい。まるで蟹」

 亮子から結衣に目を移すのに、いくらか努力を要した。澪はようやく結衣を見つめた。しかし結衣はすでに背を向けていた。人垣を割り、さっさと立ち去っていく。瘦身には幅広に見えるリュックが、その背に揺れていた。

続きは本書でお楽しみください。

優莉結衣(ゆうり・ゆい)は、平成最大のテロ事件を起こし死刑になった男の次女。事件当時、彼女は9歳で犯罪集団と関わりがあった証拠はない。今は武蔵小杉高校の2年生。この学校を総理大臣が訪問することになった。総理がSPとともに校舎を訪れ生徒や教員らとの懇親が始まるが、突如武装勢力が侵入。総理が人質にとられそうになる。別の教室で自習を申し渡されていた結衣は、逃げ惑う総理ら一行と遭遇。次々と襲ってくる武装勢力を化学や銃器のたぐいまれなる知識や機転で次々と撃退していく。一方、高校を占拠した武装勢力は具体的な要求を伝えてこない。真の要求は? そして事件の裏に潜む驚愕の真実とは? 人質になった生徒たちと共に、あなたは日本のすべてを知る!