腐女子バレとホモバレはどっちがしんどい…? /『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』⑦

文芸・カルチャー

公開日:2019/8/7

話題のNHKよるドラ「腐女子、うっかりゲイに告(コク)る。」原作。
同性愛者であることを隠して日々を過ごす男子高校生は、同級生のある女子が“腐女子”であることを知り、急接近する。思い描く「普通の幸せ」と自分の本当にほしいものとのギャップに対峙する若者たちはやがて――。

『彼女が好きなものはホモであって僕ではない』(浅原ナオト/KADOKAWA)

■第7回 腐女子バレとホモバレはどっちがしんどい…?

 僕は帰宅部だ。特殊な事情がない限り放課後は空いている。僕は、放課後に駅前のマクドナルドで三浦さんと話をするという申し出を、素直に受け入れることにした。

 三浦さんが掃除当番だったので、僕だけが先にマクドナルドに向かった。ポテトとシェイクを頼んで二階に上がり、二人がけの座席に腰かける。愛用の携帯音楽プレイヤーを取り出し、イヤホンを耳に挿して、アーティスト『QUEEN』指定でシャッフル再生を開始。アイスコーヒーを持った三浦さんが現れた時、イヤホンからは『キラー・クイーン』が流れていた。男殺しの女王様。三浦さんが?

「ごめんね。どうしても、話したいことがあって」

 三浦さんが僕の前に座った。僕は音楽を止め、プレイヤーをブレザーのポケットにしまう。話したいこと。僕と三浦さんの繋がりは、今のところあれしかない。

「三浦さんのホモ好きの話?」

 三浦さんがじろりと僕を睨んだ。他に表現方法がないのだ。そんな顔をされても困る。

「腐女子バレ程度、気にすることないと思うけど」
「わたしにとっては大変な話なの。そんな軽く考えないでよ」

 悪いね。君よりずっと重たい秘密を抱えているもんで。

「どうして」
「中学の時、それで友達全部無くしたから」

 意外と、こっちも重たかった。三浦さんがコーヒーを一口飲み、物憂げな顔で頬杖をつく。

「趣味がバレて、女の子グループのボスに嫌われちゃってさ。まあ元々あんまり仲良く無かったんだけど、それが決定打になった感じ。後はみんなで総スカン。仲良かった子からもシカトされるようになっちゃった」
「ホモが嫌いな女子なんていないって聞いたけど」
「ホモが好きな女子を嫌いな女子は大量にいるの」

 厄介な話だ。どうやら思っていたより複雑な界隈らしい。

「そういえば安藤くん、あの日、なんで新宿にいたの?」

 彼氏と待ち合わせだよ。―勿論、言わない。

「中学の友達と遊ぶ約束。三浦さんは?」
「わたしは美術部だから、たまに画材買いに新宿行くの。それで好きな先生の新刊発売日だったから、ついでに本屋に寄った」
「ああ。あれ、好きな先生なんだ」

 あれ。チラ見した摩訶不思議セックスを思い出し、言い方につい小馬鹿にした感じが滲み出た。三浦さんが目に敵意を込めて、キッと僕を睨みつける。

「安藤くん。あの時も思ったけど、人が好きなものを否定するのは良くないと思う」

 別に否定しているつもりはない。つい現実と比較してしまうだけだ。エロ本だからゴム無しは見逃すにしても、後片付け出来ない場所で下準備無しに行為に臨むのは無謀だし、ローションも無しに唾液の潤滑だけで初挿入に挑んでも普通は上手く行かないし、あんな乱暴なやり方で初回から喘ぐほどの快感を得られるわけがないし、同時射精なんて都合のいい現象は狙ってもそうそう実現出来ない。あの小学生みたいな男子高校生が、実は死ぬほど男を食い漁ってきたスーパービッチだという裏設定でもあるなら別だけど。

「否定なんてしてないよ」
「したでしょ。ファンタジーとか」
「そりゃファンタジーだとは思うけど、ファンタジーはファンタジーで需要があるんだからいいじゃん。現実のホモなんて汚いんだし」

 だいたい、ゲイ向けの漫画も同じファンタジーやらかすしさ。片方が射精した後の消化試合感を丁寧に描かれても誰も嬉しくないでしょ。―そこまでは言わないけれど、擁護しておく。だけど三浦さんは、眉間に皺を寄せた不機嫌そうな相好を崩さなかった。

「それは、失礼だよ」
「誰に」
「現実のホモの人」

 僕は、目を瞬(またた)かせた。そんな反論をされるとは思っていなかった。

「同性愛に理解あるんだ」
「そりゃあ、まあね。ちょっとは調べたりもしたよ」
「例えば?」
「ホモと性同一性障害は全然違うとか。体格良くて男らしい熊みたいな人が絶対的にモテるわけじゃなくて、割と好みは細かいとか」

 そうだね。僕だって一回り以上年上がストライクゾーンの老け専だし、棺桶に片足突っ込んだおじいちゃんが好きな桶専とか、誰でもいいからとにかくセックスしたい誰専とかいるしね。絶対に教えないけど。

「本当にホモが好きなんだね」
「あのね、安藤くん。わたしは別に、ホモなら何でもいいわけじゃないから」

 それはすいませんでした。ポテトをつまみながら、三浦さんに尋ねる。

「それで、話はおしまい?」
「ううん。何一つ終わってない」

 三浦さんが学生鞄からスマホを取り出して弄(いじ)る。そして競泳パンツを穿(は)いた少年たちのアニメ絵が映し出されたディスプレイを、僕にずいと突きつけた。

「安藤くん、これ知ってる?」

 知っている。高校の水泳部を舞台にした腐女子に人気のアニメだ。マコトさんに「知り合いの若専のおじさんがハマってるんだけど、純くんは知ってる?」と聞かれたことがある。若専は若い子が好きなおじさんのこと。マコトさんもその一人。

「知ってるよ。これがどうしたの?」
「今度の土曜、これのイベントが池袋であるの」
「へー」
「イベント会場限定グッズを販売するの」
「ふーん」
「お一人様一個限定のグッズもあるの」

 ―なるほど。
 僕は事態を察した。僕が察したことを察した三浦さんが、深々と頭を下げる。

「よろしくお願いします」


【次回につづく】