身に覚えのない臙脂色のワンピース、その持ち主は…/蝦夷忌譚 北怪導④

文芸・カルチャー

公開日:2020/6/7

大ヒットご当地怪談『恐怖実話 北怪道』の続編がよりディープになって帰ってきた! 道内の民家や住宅地など生活圏内で、いま現在進行形で起きている怪事件、霊現象… 実はあなたの周りにも⁉ もっとも身近で恐ろしい北のご当地怪談を試し読み。

『蝦夷忌譚 北怪導 』(服部義史/竹書房)

彼女のクローゼット

 恵理さんは室蘭で暮らしているOLである。

 春先に、例年のことではあるのだが、衣替えをしていた。

 元々洋服にはお金をつぎ込むほうではあったので、なかなか時間が掛かってしまう。

(あー、買ったけど、結局、今年は着なかったなぁ)

 結構な数のそんな洋服が見つかった。

 クローゼットなどの収納場所も限りがあるので、今年は思い切って処分をしようと思った。

 新しく買った洋服は纏めて端に寄せておく。

 その上で季節ごとに残りの数を考えながら、要る、要らないと判断していくことにした。

(あー、結構気に入ってんだよなぁ……)

(これは元彼がよく可愛いって言ってくれたものだし……)

 どの洋服も、何かと理由を付けては捨てられない。

 そんな中、見たこともない服が出てきた。

(あれ、こんなの買ったっけ? いつの服だろう?)

 何の柄もない、臙脂色のワンピース。見るからに自分のセンスではない。

 更に自分の身体に合わせてみても、明らかにサイズが大きい。

 恵理さんは一人首を傾げる。

(まあいいや、これは要らない、と)

 そのままゴミ袋に押し込んだ。

 その後、何とか一日掛かりで処分するものを決める。

 少し空間ができたクローゼットを見て自画自賛する。

(ほら、やればできるんだって。これでまた新しい服を……)

 元も子もない考えが浮かびながらも、大変満足してその日は就寝した。

 

 翌朝、洋服が入ったゴミ袋を捨ててから会社へ向かう。

 滞りなく仕事を終えて、恵理さんは帰宅した。

 早速、洋服を脱ぎ捨て、部屋着に着替えると夕食の支度に取り掛かる。

 その日は見たいテレビ番組があったので、簡単な食事を作り終えた。

 御飯を食べながらテレビを見ていると、寝室のほうから音がしてきた。

『カタン、カタカタカタ……』

 断続的に小さな音は続くが、今はそれどころじゃない。

 テレビの音が聞こえづらいと、ボリュームをアップした。

「あー、面白かったー」

 番組が終わると、先程までの音のことなどすっかり忘れていた。

 湯船にお湯を溜め、お風呂に入る。

『カタカタカタカタ……』

 極々微かに震えているような、物と物とが当たっているような音がし続ける。

(あ、さっきもしてたっけ。え、また寝室なの?)

 お風呂から上がったら確認してみようと思いつつも、寝室の音が浴室まで聞こえるのかが疑問になる。

(ここ? こっち? こっちかな?)

 四方の壁を確認しても、音が伝わっているような感じはしない。

 ただまた湯船に浸かると、微かな音が聞こえる。

(錯覚なのかな? まあいいや)

 どうせ後で分かることだと、ゆっくりとお湯に入った。

 

 風呂上がりに洗面所で髪を乾かし、化粧水を塗る。

『カタカタカタ……』

 段々と小さな音が煩わしくなってきた。

(もう、ずーっと鳴ってるじゃん)

 恵理さんは寝室へ向かうと、何処から音がしているのかと耳を澄ます。

 どうやらクローゼットの中らしい。

 おもむろにクローゼットのドアを開けたとき、彼女の動きは完全に固まった。

 目の前……自分の顔の前に、見知らぬ女性の顔がある。

 血の気の失せた青白い顔だが、たるんだ頬から相応の歳なのは分かった。

 恵理さんは驚き過ぎて、声を出すこともできない。

 口をパクパクとさせていると、『あのー』と声を掛けられた。

 恵理さんは恐怖から、そのまま真後ろに卒倒する。

 見知らぬ女性はしゃがみ込み、心配するかのように顔を近付けてきた。

 そこで恵理さんの意識は途切れた。

 

「それだけ、っていえば、それだけです。その後は一度も女を見たりしてませんから」

 ただ、クローゼットを開けて洋服を選んでいるときに、偶に臙脂色のワンピースが視界に入る。

 そんなときは、そこから一番離れた場所の洋服を選ぶようにしている。

「だって、覗き込まれたとき女が着てたのが、臙脂のワンピースだったんですよ」

 原因も理由も分からないままだが、恵理さんは関わらないのが一番だと思っている。

<第5回に続く>