気がついたら、主役をキリギリスにうばわれていた! 忘れられてしまったセミのちょっぴり切ない話/ファーブル先生の昆虫教室⑥

スポーツ・科学

公開日:2020/7/8

朝日小学生新聞の人気連載「ファーブル先生の昆虫教室」が、1冊の本になりました! たのしいイラストとやさしい文章で、ファーブル先生が昆虫たちのおもしろい生態を教えてくれます。昆虫たちの奥深い世界に、大人も好奇心をくすぐられる児童書です。

『ファーブル先生の昆虫教室』(奥本大三郎:文、やましたこうへい:絵/ポプラ社)

セミ① 日本のセミの鳴き声

 みんなはセミの声を何種類知っているかな。

「ミーン、ミーン、ミンミンミン……」と鳴くのはすきとおった羽に緑色の体のミンミンゼミだね。

 じゃ、「ジリジリジリ……」と天ぷらをあげるときの、熱い油がはねるような声で鳴くのは?

 そう、羽がこげ茶色のアブラゼミだ。

 じゃ、関西や九州地方で「シャーシャーシャー……」と大合唱のように声を合わせて鳴くのは?

 まっ黒にぴかぴか光る、大きな体をしてすきとおった羽のクマゼミだ。

 山に行くと夕方、「カナカナカナ……」とよくひびく声で鳴くのがいるね。

 あれはヒグラシ。夕方に鳴くから「日暮らし」なのかな。きれいな声だけど、ちょっとさびしい。

 でも、もっとさびしいのは、「オーシーツクツク、オーシーツクツク……」と鳴くツクツクボウシの声だ。夏の終わりに出て、「夏の去るのがつくづく惜しい」と言って鳴いているように聞こえるじゃないか。「シュクダイヤッタカヤッタカ」と聞こえる人もいるかな?

 でもね、アメリカやヨーロッパには、こんなにいろいろないい声で鳴くセミはいないんだよ。

 もともとセミは熱帯の昆虫だから、熱帯には大型のセミやきれいな色をしたセミはたくさんいるし、ふしぎな声で鳴くセミもいるんだけれど、日本のセミは世界にほこれるほどいい声なんだ。

 その点でフランス人の私は日本のみんながうらやましいね。フランスにはジージーと単調な声で鳴く小型のセミしかいないからね。

 それも南の半分、南フランスの地方にしかいないんだ。

 だから、北フランスに住んでいる人の中にはセミの声を聞いたことがない、という人もいるし、日本などでセミが鳴くのを聞いても、「あれは鳥の声ですか?」という人もいるくらいなんだよ。

 セミを知らない人には、小さな虫があんな大きな声で鳴いているなんて思いもよらないことなんだね。

text : Daisaburo Okumoto

セミ② 「アリとセミ」

 きみたちはこんな話をどこかで聞いたことはないかな。

 夏じゅう歌って遊んでいたセミは、冬になって食べ物がないので、ひどくこまってしまった。

 それで、おとなりのアリの家まで、「おなかがすいてたまらないので、来年の春まで、何か食べ物を貸してください」とたのみに行った。

 ところがアリは冷たくてけちで、人に物を貸すのが大きらい。それがアリの一番小さい欠点なんだ。

「暑いころは何をしてたの?」と貧しいセミにアリは聞いた。

「夜も昼もみんなを楽しませてあげようと、歌を歌っていたんです」

「歌を歌っていたの? それじゃ今度はずっとおどっていたら?」

 なんていじわるなんだろう! そうなんだ、イソップ物語の「アリとキリギリス」そっくりだよね。じつはこれ、もともとは「アリとキリギリス」じゃなくてギリシャ語で書かれた「アリとセミ」の話だったんだよ。

 フランスのラ・フォンテーヌという人が、ギリシャ語の物語をフランス語の詩に直したんだ。それは、フランスの子どもが学校で最初に覚える詩なんだよ。でも36ページで言ったように、フランスでも北のほうの人は、セミのことを知らないんだね。その人たちには「セミ」なんて言ったって、「なんだか知らないけどキリギリスみたいな鳴く虫」というぐらいの意味しかなかった。

 そんなふうに、ドイツやイギリスでも、この物語を訳した本のさし絵には、セミではなくキリギリスが描かれたんだ。

 日本にイソップの物語が伝えられたのは、ヨーロッパやアメリカの言葉を通じてだったようだね。だから日本でも、もとの「アリとセミ」の話は「アリとキリギリス」の話にかえられてしまった、というわけ。

 もちろんイソップのいた、あたたかいギリシャには、セミがたくさんいるんだよ。文化というものは、外国にまで伝えられるときには、こんなふうにいろいろ、思いもかけない形に変形されていくものなんだ。それがまたおもしろいんだね。

text : Daisaburo Okumoto

<第7回に続く>