「直感的に気に入ったら会う。シンプルでしょ」アムステルダムで再会した旧友から思わぬカミングアウトが!/アスク・ミー・ホワイ③

文芸・カルチャー

公開日:2020/10/27

アスク・ミー・ホワイ

著:
出版社:
マガジンハウス
発売日:

写真週刊誌のスキャンダル報道によって芸能界から姿を消した元俳優・港颯真。冴えない毎日を送る一般人・ヤマト。アムステルダムの地で偶然出会った二人の関係は、交流を重ねるうちに変化していく――。辛口社会学者・古市憲寿氏が描く、ロマンチックBLストーリーをお送りします。

アスク・ミー・ホワイ
『アスク・ミー・ホワイ』(古市憲寿/マガジンハウス)

 今日は僕が働くオリガミの定休日で、明日まで予定は何も入っていない。正直、コーヘイと何を話せばいいか何も思いつかなかったが、断る理由もないと思ってカフェで待ち合わせをすることにした。今さっき、タリスでアムステルダム中央駅に着いたところだというので、一時間後に駅前にあるボイジャーというカフェで会うことになった。おそらくこの天候だと、ほとんど人もいないだろう。

 僕は一度家に寄って荷物だけを置いて、ボイジャーへと向かうことにした。

 店内を見渡していると、すでに窓際の席にコーヘイが座っていた。予備校時代はだらしない長髪だったはずだが、短く切り込まれたツーブロックになり、セーターの上からでも身体をよく鍛えているのがわかる。向こうも僕に気が付いたらしくて、手を挙げて微笑んできた。

「ヤマトくん、本当に久しぶりじゃない? 突然ごめんね」

「いや、どうせ暇だったから。アムステルダムは旅行?」

 店員にカフェラテを注文して、席に座る。案の定、店内はがら空きだった。

「うん。二週間くらいかけてヨーロッパを回ってるんだ。それにしても、アムステルダム、異様な寒さだよね。昨日のパリも寒かったけどそれ以上」

 コーヘイは大学在学中に友人とスパイスというスタートアップ企業を起こし、今ではそこの役員に収まっているという。一度も聞いたこともなかったが、動画共有サイトを運営しているようだ。今のところ大成功というわけではないが、複数のエンジェル投資家がついていて、資金は潤沢にあるという。この一年以上、休みなく働いていたから、久しぶりに休暇をとってヨーロッパ旅行をしているらしい。

 彼が人並み以上の稼ぎをしていることはその身なりからわかった。モンクレールのダウンコートを羽織り、エルメスのアップルウォッチを身につけている。机の脇に置いてあるボストンバッグにも大きくルイヴィトンのロゴが書かれていた。まるで子どもの名札のように見える。

「そういえば夜はどうするの? ホテルはどこ?」

 もしもコーヘイに予定がないなら、夜に我が家に招待してもいいと思い始めていた。彼が東京でどんな家に住んでいるかは知らないが、この十年のことをもう少し聞いてもいいかも知れない。帰国した暁にはコーヘイが職を斡旋してくれるのではないかという虫のいい考えさえ頭を一瞬過る。

 もちろん、そんなことは無理だとわかっていた。そうやって誰かに頭を下げられるなら、僕は今頃、全く別の人生を送っていたはずだから。

「夜はちょっと人と会う用事があるんだよね」

 一瞬、おかしな妄想をしてしまった自分が恥ずかしくなる。それだけ社会的に成功しているなら、アムステルダムで何か用事があってもおかしくない。頭の中を覗かれたわけでもないのに急に気まずくなって、努めてそっけなく聞く。

「仕事で知り合った人?」

「ううん、出会い系」

「出会い系?」

 予想外の回答に思わず声を上げてしまう。試したことがないが、同世代の間で出会い系アプリが流行していることくらいは知っていた。

 欧米ではもちろん日本でも利用者は急増していて、かつての同僚もPairsで見つけた相手と結婚していた。僕の参加しなかった式では異業種交流会で知り合ったと紹介されていたらしい。世界中で展開されているサービスも多いから、コーヘイがアムステルダムで誰かと待ち合わせをしていても不思議ではない。

 しかし僕の経験上、アジア人の男はとにかくモテない。どこの国でも日本人女性がすぐに恋人を作ってしまうのとは対照的だ。コーヘイがどのアプリで、どのように相手を見つけたのか興味があった。

「使ったことないんだよね。なんてアプリ?」

「たぶん知らないと思うけど、Rumbleっていうの」

 そう言いながら、コーヘイは手元のiPhoneでアプリを起動して見せてくれた。一瞬その違和感の理由がわからなかった。しかしそのおかしさに気付くと、思わず驚きの声を出してしまう。

「これ、全員男じゃない?」

「あれ、僕ってヤマトくんに言ってなかったっけ。そっか、予備校時代はまだカミングアウトしてなかったよね」

 コーヘイはこれまで何度も同じような場面に遭遇してきたのだろう。僕の反応をうかがうでもなく、たしなめるでもなく、あっさりと自身がゲイであることを告白した。悪いと思いながらも、まじまじとコーヘイを凝視してしまう。

 ゲイと言われなければ、全くそれとは気付かない見た目だった。雰囲気や言葉に柔らかさはあるが、極端になよなよしているわけでもないし、女言葉を使うわけでもない。しかし同性愛者は少なくとも人口の数%に存在すると聞いたことがある。ということは、誰もが見た目にわかりやすいゲイというわけでもないのだろう。

「このアプリ、便利なんだよ。GPSですぐ近くにいる仲間を探せるんだ。ほら、この写真の人たちは、みんなこのすぐそばにいる。チャットして意気投合したら、そのまま会える。便利でしょ」

 日本でTinderやPairsが流行したのはこの数年のことだが、ゲイ向けの出会い系サービスにはもっと長い歴史があったという。

 出会いの場は、新宿二丁目などのゲイタウンから、1990年代にはインターネット上の掲示板に移行し、それがmixiのようなSNSになり、最近ではRumbleやHookupといったアプリが主流となった。確かに出会いの場が限られる同性愛者にとって、デートアプリは切実なツールなのだろう。

「ヤマトくんを待ってる間にいい相手がいないかなって探してたんだよ。何人かには無視されたりすぐブロックされたんだけど、このソウっていう人と話が盛り上がったの。顔写真がなくて、身体の写真しか載せてなかったから、チャットしてみて変な人だったら会うのを止めようと思ったんだけど、偶然日本人だったんだよね。好みのタイプじゃなかったらすぐに帰っちゃえばいいから、とにかく会おうと思ってさ」

 ソウという人物のプロフィールページを見せてもらった。「27歳、173㎝、56㎏、アジア人」という基本的な情報、英語での自己紹介に加えて、「0.8㎞離れています」「オンライン2分前」という表示がある。

 プロフィール写真を見ると、ソウという男性は細いながらも、ほどよく筋肉がついた体軀のようだった。腹筋はきちんと六つに割れている。もう一枚の写真は、アムステルダムの運河で友人と撮ったもののようだった。一瞬、その写真をどこかで見たことのある気がしたが、おそらく思い過ごしだろう。もしかしたら、背景に映り込んでいる運河か橋を通ったことがあるのかも知れない。

「どうしたの、じっくり見ちゃって。ソウくんのこと気に入った?」

「いや、写真だけ見て会っちゃうなんてすごいなあと思って」

「直感的に気に入ったら会う。シンプルでしょ。ヤマトくんは今、彼女いるの? いないなら試してみたら? 男女向けでも色々アプリはあるでしょ」

 そう言いながら、コーヘイは人差し指をスライドさせる動作をした。

 出会い系アプリのマッチング機能では、ひたすら恋愛候補の写真が表示されるので、それを「ありだったら右スライド」「なしだったら左スライド」といったように瞬間的に取捨選択をしていく。その結果を人工知能が学習し、利用者にとっての最適な相手を提案してくれる。

 確かに、せっかく海外にいるのだから、もっと積極的に出会いを求めてもいいのかも知れない。自分のような人間がヨーロッパで需要があるとは思えなかったが、中には物好きもいるだろうし、何ならカンのようにアジア人のパートナーを探してもいい。アジア人の話す英語なら僕にとってもわかりやすく、意思疎通もしやすい。

 この鬱屈したオランダ暮らしも、恋人ができるだけで一気に素晴らしい毎日に変わるのかも知れない。

<第4回に続く>

この記事で紹介した書籍ほか

アスク・ミー・ホワイ

著:
出版社:
マガジンハウス
発売日:
ISBN:
9784838731114