「実は男が好きなんだ」港のカミングアウトに、親友が示した反応は…/アスク・ミー・ホワイ⑩

文芸・カルチャー

公開日:2020/11/3

アスク・ミー・ホワイ

著:
出版社:
マガジンハウス
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写真週刊誌のスキャンダル報道によって芸能界から姿を消した元俳優・港颯真。冴えない毎日を送る一般人・ヤマト。アムステルダムの地で偶然出会った二人の関係は、交流を重ねるうちに変化していく――。辛口社会学者・古市憲寿氏が描く、ロマンチックBLストーリーをお送りします。

アスク・ミー・ホワイ
『アスク・ミー・ホワイ』(古市憲寿/マガジンハウス)

 港くんは大きく息を吸い込み、そして大きく吐き出す。少し口元を緩めながら、眉間に皺を寄せている。Uberは112号線を走って行く。市街地を少し離れ、モダンなデザインのマンションやビルが木々の隙間から見えた。

 せめて街中だったら、車窓から見える何かで他愛のないことを話せたのかも知れない。だけどこんな風景を見ていても、適当な話題が何も思いつかない。ちらっと横を向くと、港くんはまだ苦々しい顔をしていた。

「渋谷隼さんと港くんは付き合ってたんですか?」

 どうしても気になって、ついに僕は余計なことを聞いてしまう。

「ううん。隼は、ただの友だち。キスをしたこともない。でも芸能界でたった一人、俺がカミングアウトしてた相手。ドラマで共演して仲良くなって、お互いの家に泊まり合ったりするまでの仲になっちゃったから、伝えないといけないと思ったんだ。別に俺はあいつに恋愛感情は全くなかったけど、もしもゲイだってばれたら絶対に誤解されるじゃん。本当は俺のこと狙ってたんじゃないかとか、そういう目で見てたのかって。だからすごく迷ったんだけど、二人で一緒の地方ロケがあったときに、言っちゃったんだ。徳島だったかな?」

 いつの間にかUberは、すっかり街を離れていた。

 オランダに特徴的な、地平線まで続く平坦な草原を進んでいく。昨日の夜、店に訪れたドイツ人は、ロードバイクでオランダ中を旅していると言っていた。この国では、全土にわたって自転車専用レーンが設置されている。オランダではきっと箱根駅伝のような競技は生まれようがないのだろう。

 急に港くんが始めた話についていけなくて、ついどうでもいいことばかりを考えてしまう。そんな僕の混乱をよそに、港くんは思いのほか饒舌だった。

「スタッフとの食事も終わって、二人で商店街の中にあったカラオケボックスに入ったの。安いハイボールたくさん飲んで、いつもみたいにたくさん歌ったら、あいつが絡んできたんだよね。酔っ払うと、すぐに抱きついてくるの。別にいつもみたいにいなしてもよかったんだけど、俺、こいつにいつまで噓つくんだろうって思ってさ。こんなに仲良くて、こんなに一緒にいる友だちなのに、何で隠し事してるんだろうって。今から考えれば浅はかだったんだけど」

「浅はか?」

「カミングアウトって言葉、同性愛の告白って意味で使われることが多いじゃん。でも、なんでその告白だけ特別視されないといけないんだろうね。人間関係なんて秘密が溢れてるわけでしょ。秘密までいかなくても、あえて相手に伝えていないということもたくさんある。たとえば親友だったら、住所とか学歴とか食の好みくらいは知っていてもおかしくないよ。でもさ、年収とか、親の生い立ちとか、好きな体位とか、あえて話さないことも多いでしょ。なのにセクシュアリティだけは、告白したほうが素晴らしいこととされる。よく有名人がカミングアウトして称賛されてるよね。もちろん、本人が好きでそうする分にはいいよ。でも、年収や好きな体位を公表したところで絶対に同じような扱いを受けない。あのときの俺はさ、とにかくカミングアウトしないのが、悪いことだって勘違いしてたんだ」

 インターシティではなくUberを選んでよかったと思った。公共交通機関を使った場合、うっかり日本人に出会ってしまうこともある。特に今、アムステルダム市内では卒業旅行に来ている大学生をちらほら見かける時期だ。気軽にマリファナと買春が楽しめて、日本からKLMの直行便があるこの国は、ちょっとした冒険に最適なのだろう。

「ねえヤマトくん、ガソリンスタンドに寄って飲み物買わない? まだ時間の余裕ってあるよね」

 水筒とサンドウィッチを持ってきたことを言うタイミングを逃してしまった。ここで伝えようと思ったが、ただ外の空気を吸いたいだけなのかも知れない。

 しばらく走った先にTOTALが見えたので、併設されたカフェでサンドウィッチとコーヒーを注文する。

 港くんは何も言わずに僕の分まで買ってくれた。オランダ人にしては背の低い店員がテイクアウトの準備をしている間、僕たちは何となく無言のままでいた。平日の午前ということもあり、店内に客の姿はまばらだ。そのせいで、やけにBGMのABBAが耳につく。次の言葉を促す勇気がなくて、自分が持ってきた水筒をどう処理しようかというどうでもいいことを考えていたら、港くんから話し始めてくれた。

「いや、大したことじゃないのよ。俺が、実は男が好きなんだって告白したら、あいつ、泣き出しちゃってさ。ごめんね、って」

「俺は港くんと付き合えないんだ、ごめんねって意味ですか?」

「そうかと思うじゃん。それで大慌てで訂正したら違うって。何となくそうかもって思ってたっていうんだよ。何か俺らって、わかるやつにはわかるっていうか、そういうのがあるんだよ。あいつはノンケなんだけど、俺のことをそうかもって疑ってたんだって。それを知らないふりして、俺を悩ませてごめんっていうから、本当にいいやつなんだって思ったよ。それがこんなことになるなんてね」

 水っぽいアメリカーノと、奇妙な色のカフェラテを受け取って、車へと戻る。親友に裏切られるのはどんな気分なんだろうと思いながら、かけがえのない親友がいた港くんがうらやましいと思った。

 僕にもコーヘイのようなそのときだけは仲良くしていた友だちはいたが、心を全て許せるような親友なんていた記憶がない。そうした存在などいらないと、はなから決めていたわけではない。中学校、高校、予備校、大学と、新しい学校に入るたびに今度こそは誰かが見つかるのではないかという期待だけはあったのに、どれ一つとしてうまくいかなかった。

 動き出した車の窓は、ヨーロッパの冬空をどんどん追い越していく。淡い青空を隠すように幾重にも薄鈍色の雲が覆い被さっている。上空の真白い雲が太陽光を反射させていたので、もうすぐ晴れ間が覗いてくるのかも知れない。

 運転手がカーステレオからエド・シーランの「Galway Girl」を流したタイミングで、ばつの悪そうな顔をした港くんが話し始めた。

「いきなりこんな話されて困ってるよね。正直に言って、ちょっと心がささくれ立ってるんだよ。俺ちょっとおかしくなってる」

「彼と何かあったんですか? いつも連絡が来てるって言ってましたよね」

「来るんだって、あいつ」

 港くんの話によれば、彼は「アナザースカイ」という番組の撮影で来月、アムステルダムを訪れることになったという。海外にある第二の故郷を探すという企画で、なぜ彼がオランダを目的地に選んだのかはわからない。港くんには、ただ「行くことになったから会えない?」というメッセージだけが届いたという。

「心配するふりをして惨めな俺に会いたいのか、自分の罪悪感を癒やしたいだけなのか、本当に心配になって会いに来てくれるのかわからないけど、無神経にもほどがある。ヤマトどう思う?」

 質問の内容よりも、急に港くんから呼び捨てにされたことに気付く。そういえばいつも疑問だった。呼び名はいつ、くん付けから呼び捨てやニックネームに変わるのだろう。思い出してみても、自分が呼び捨てにすることができたのはサクラくらいだ。港くんをソウと呼べる日なんて、永遠に来ない気がする。

 そんなことを考えていると、港くんの問いかけに答えるタイミングを逃してしまった。それを僕が質問の答えを考えあぐねていると解釈してくれたらしく、港くんは勝手に話を進める。

「まあ会わなければいいだけの話なんだけどね。あいつが来る間、どっか旅行でも出掛けようかな」

「いいんじゃないですか。アムスからだったら、どこも近いですよ。パリもロンドンも飛行機で一時間ちょっとで行けますからね。この時期だと、暖かいバルセロナとかローマもいいかも。友だちがモロッコのマラケシュに行ってすごいよかったって言ってました。トワイライトタイムが幻想的って。トランサヴィアっていうLCCが直行便を飛ばしているんですよ」

「マラケシュなら映画の撮影で行ったことあるよ。あれ、何年前だろう。謎の疫病が蔓延する世界で、感染源を探して世界中を旅するの。終盤でモロッコのシーンが出てくるんだけど、夜明けの砂漠は雰囲気あったな。もう一回行ってもいいかもな」

 僕たちはそうしてデン・ハーグの日本大使館に着く前の間、どこへ旅に行こうかという話をし続けた。タリスでアントワープへ行ってドリスの服を買ってこようとか、港くんの知り合いが設計したというエストニアの博物館へ行こうとか、コペンハーゲンでルイジアナ美術館まで足を延ばそうとか、そんな他愛のない計画を話している間は、港くんも楽しそうだった。グーグルフライトやエクスペディアを組み合わせて、いつでも実現可能な旅行の予定が次々と立てられていく。

 運転手が「着きました」と言う先には、高い柵に囲まれたコンクリート造りのつまらない建物が見えた。書類の受け取りなのでそれほど時間もかからないはずだ。

 Uberを待たせたまま、呼び鈴を押す。守衛は日本語が話せないので、英語で要件を伝えると扉を開けてくれた。この前会ったときよりも、港くんの発音が流暢になっていた気がする。金属探知機を通り大使館の中に入り、引換証と18ユーロを窓口に出す。そのまま日本の市役所に座っていても不思議でないおじさんが、英語の戸籍謄本と独身証明書を発行してくれた。

 日本大使館を出て、今度は車で5分ほどの距離にあるオランダ外務省を目指す。ガラスが多用された直線的な建物に入り、発券機から番号札を取る。時間はまだ11時前だ。今日中に外務省のリーガリゼーションは済んでしまうだろう。他にも住民登録などすべきことはまだ多いが、あとはアムステルダムでできることばかりだ。

「思ったよりもあっさり終わりそうだね」

「とりあえず今日はここまでです。移民局での一時滞在許可書の申請は済んでないですよね」

 港くんがまだだと言うので、0880430430に電話をして、アポイントメントを取ってしまう。自分のときと同じように電話が混み合っていたので、十分ほど待ってつながった相手に港くんのフルネームなど必要情報を伝える。

 その間に書類のリーガリゼーションが終わって返ってきていた。二人して外務省のビルを出ると、ちょうど正午を回った頃だった。

<第11回に続く>

この記事で紹介した書籍ほか

アスク・ミー・ホワイ

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マガジンハウス
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9784838731114