ダ・ヴィンチニュース編集部 ひとり1冊! 今月の推し本【11月編】

文芸・カルチャー

更新日:2020/11/27

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 ダ・ヴィンチニュース編集部メンバーが、“イマ”読んでほしい本を月にひとり1冊おすすめする新企画「今月の推し本」。

 良本をみなさんと分かち合いたい! という、熱量の高いブックレビューをお届けします。

世にも奇妙な物語風、誕生日がテーマの村上春樹の短編『バースデイ・ガール』(村上春樹:著、Kat Menschik:原著/新潮社)

バースデイ・ガール
『バースデイ・ガール』(村上春樹:著、Kat Menschik:原著/新潮社)

 青山美智子さんの『お探し物は図書室まで』を読んだ。タイトルの通り舞台は「図書室」だが、ふと似た空気に触れたくなって図書館に赴いた。本書には数冊の書籍が登場し、その中の1冊と、強く目に飛び込んできた、贈り物のようなデザインの『バースデイ・ガール』を手に取った。年齢云々はさておき、誰にも公平に年1回訪れる類稀な「誕生日」をテーマにした村上春樹のオリジナル短編だ。

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 20歳の誕生日を、交代もかなわず、バイト先のイタリア料理店で迎えることになった女性が、お店が入るビルに部屋を持つオーナーに食事を運んだのはいいのだが、その先が妙で、身を乗り出すように物語の展開を追いかけている自分に気づく。単に食事を届けて帰ることもできたかもしれないが、「人生が実りある豊かなものであるように。なにものもそこに黒い影を落とすことのないように」と意味深な言い回しを好むその老人は、「どんな望みでもかまわないから、君の願いを叶えてあげたい」なんて言い出すのだ。訝しげだった女性(と読者の自分)と老人の間でしばらく会話は続く。言ってしまうと、その女性の願い事が何なのか、叶ったかも不明だ。読者が想像を巡らせることになるのだが、同時に自分の人生観を問われることにもなる。物語に色付けするカット・メンシックの挿画もあいまって絵本に近い感覚で、コンパクトに村上春樹を楽しめる1冊。

 ところで、20歳の誕生日に自分が何をしていたか覚えていますか?

中川

中川 寛子●副編集長。エッセイ、社会派ノンフィクション多め。藤子・F・不二雄作品好き。SUSURUさん、杉田陽平さん、K-POPの連載などを担当。今さら『プリズン・ブレイク』全シリーズを観ました。


「女だから」「アラサーだから」「一人っ子だから」…ちゃんとしないといけませんか?『自転しながら公転する』(山本文緒/新潮社)

自転しながら公転する
『自転しながら公転する』(山本文緒/新潮社)

「私は女の子だから、家のことしなくちゃならないの」

『自転しながら公転する』の主人公、都のセリフだ。

 東京のアパレルショップで働いていた都は、母の看病のため、茨城の実家に戻る。32歳で非正規雇用。このままで良いのかと、不安を感じる都。職場ではトラブルに巻き込まれ、家では、恋人ができて浮かれ母を疎かにしていると父から厳しい言葉をかけられる。恋人は経済的に不安定で、結婚に向いているとはいえない…。

 仕事、結婚、親の介護… 都の悩みはリアルだ。そして、その根底には“あるべき姿”とその理想からかけ離れた現実があるように思えた。いや、都の悩みにめちゃくちゃ共感しすぎて、自分の思いを重ねたのかもしれない。

「女なんだから」「結婚したんだから」「母親なんだから」「いい歳なんだから」…。今まで数え切れないほど言われてきた。これは世間一般の常識であって、拒否することはできないと言われているような気分になってしまう。そして、その言葉は知らないうちに、心に絡みつき、元々自分の考えであったかのように自分を縛り付ける。都もまた、その言葉に縛られ、振り回され、ぐるぐると不安の渦に飲み込まれていく。

 女や妻、母親、年齢によって課せられる“あるべき姿”はどこからやってくるのだろう。その“あるべき姿”でいることが正しく、本当に幸せなことなのだろうか…? なんとか“あるべき姿”に近づこうともがく私に、立ち止まって考える時間をくれた。

丸川

丸川 美喜●防災や占い特集、連載などを担当。友人の結婚式から帰ってきた夜に、手が止まらなくなり一気読み。エピローグで「結婚して幸せだった?」と娘に尋ねられた母親の答えがとても良くて、彼女にも読んでほしいと思いました。


体も心も絶不調…と嘆く人にもオススメしたい、ぞわぞわとした後味残る短編集『ママナラナイ』(井上荒野/祥伝社)

ママナラナイ
『ママナラナイ』(井上荒野/祥伝社)

 家族や親友にでも打ち明けるのを躊躇うような、本心の底にある“淀み”を巧みに文章に落とし込む井上荒野の最新刊。

 10編を収める短編集の表題作「ママナラナイ」の主人公・尚弥は36歳。外見にも仕事にも自信があったのに、任された仕事は絶不調、女遊びに困らなかった俺がまさか勃起不全に…。別の短編「静かな場所」の沙織は25歳でセレクトショップの販売員。イケメン同僚と密かに交際中で、太客が複数いるおかげで販売実績は順調。彼の部屋でのセックス中にくしゃみが止まらなくなり、アレルギー検査を受けるのだが原因を辿り思わぬ現実に直面する。また、「おめでとう」の光一郎は出産間近の妻がいながらマッチングアプリで相手を物色し、危機感のない若い娘を呼び出して“コト”に及ぼうとするのだが――どの人物にもとんでもなくままならない展開が待ち構えている。

 世の中はままならないことの連続だが、順調なときには気づかない。自分が閉塞感にもがくときは他人と比べて「あれよりマシかも」と安堵したり、他人の窮状は「自業自得でしょ?」と突き放して眺めたりする。本作読了後にゾワリとした感触が残るのは、そういった“自分の本当の意地の悪さ”を浮き彫りにするからかもしれない。どれも何遍でも読み返したくなるようなやさしくて痛烈な小編。

田坂

田坂 毅(たさか・たけし)●美術館やシンクタンク勤務を経て、編集者に。年を重ねて「ままならない」が積み重なってくると厄年がやってくる気がする。お願いばかりの初詣だけでなく、一年つつがなく過ごせた御礼詣りも必要かも。


モブキャラ(通行人)にはモブキャラなりの人生がある。地元の短大にどうにかこうにか入学したボンクラな男の青春譚。『おれは短大出』(堀道広/青林工藝舎)

おれは短大出
『おれは短大出』(堀道広/青林工藝舎)

 ただただ単純に何も考えずに読んで面白い作品ではあるが、おそらく同年代であろう作者の自伝的要素もあり、自分の大学当時の時代背景や地方にある大学(短大ではないが)ならではの空気感や思い出したくない黒歴史まで思い起こしてくれる。

 インパクトのある絵柄が特徴で、ありえない色濃い登場人物が色々と登場するのだが、それが逆にリアリティを生むのか、こういう同級生やバイトの先輩いたな~と、数十年ぶりに懐かしの顔を思い出させたりもしてくれる。

 ラストの展開は着地点を決めるのに半年かかったらしいのだが、それも納得の、あっと驚く展開になっており、実体験が盛り込まれているのもさらに驚きである。ラストを決める過程で考えられていた「童貞を失う」というラストにならなくてよかったと思う。

 8年もの歳月をかけて完成されたこの長編を一気に読めるという贅沢な一冊。

 しかも、カバーをめくると題字を書かれた劇画家 平田弘史先生と嬉しそうな顔が印象的な作者・堀道広先生の写真も掲載されている。地方大学出身のアラフォー男性には特におすすめ。

松江

松江 孝明●最近引越しをした。引越しをして、まず初めにすることは家の近くでホームサウナとなる銭湯を開拓すること。トラブルの方の引きが強い今月、早くみつけねば、、


王道だけど王道じゃない! 至高のスポーツマンガ、堂々完結『ハイキュー!! 45』(古舘春一/集英社)

ハイキュー!! 45
『ハイキュー!! 45』(古舘春一/集英社)

 完結おめでとうございます、なのか、ありがとうございます、なのか。このマンガに出会ってから、多くのことを体験させてもらった。キャラクターに思い入れ過ぎて、試合に負けた悔しさで眠れない夜を過ごしたり、ゆかりのある各地を旅して新しい景色を見せてもらったり。宮城・岩手の場所や地名が作品の中に多く登場するおかげで、同県に縁ができた人や、強い思い入れを持った読者は私だけではないだろう。

 この作品には、大きな怪我をして選手生命が絶たれた選手はいない。不良になったり、他校と(暴力的な意味で)揉めたり、好きな女の子と甘酸っぱい恋愛をしたりもない。スポーツ一本だ。でも、バレーに全力投球な彼らの戦いはドラマチックで“生きて”いて、こんなにもドキドキして、ハラハラして、手に汗握って、泣いて泣いて応援させられてしまう。

 最終巻となる45巻は、バレーを愛した膨大な登場キャラクターたちの“今”が描かれている。バレーから離れても添い遂げても彼らはそれぞれの未来を歩む。8年半見守ってきた彼らの人生が続いていることが、嬉しくてたまらない。そして、ここまで途切れることなく彼ら一人ひとりに命を吹き込んできた、古舘先生の情熱と愛情をあらためて実感させられる。完結しても、いや、この形でしたからこそ。私は会う人会う人におすすめし続けるに違いない。

遠藤

遠藤 摩利江●アニメチャンネル担当。『羅小黒戦記』に打たれすぎて公式認定同人イラスト集を購入して舐めるように見ている。最近はツイステEXぬい&マスコットのぬい活に熱心。1月の「ハイキュー!!展」、楽しみです!!!


異なる考えをもつ者同士が生きる現代社会への問いかけ『人間タワー』(朝比奈あすか/文藝春秋)

人間タワー
『人間タワー』(朝比奈あすか/文藝春秋)

 中学生の時、「3年生を送る会」(3送会)の実行委員になった。初めて各組の実行委員が集まった日、教師から「なぜ3送会を行うのか」と問われて面くらった。もちろん「毎年行われているから」といった話は通用せず、生徒皆で長時間議論した記憶がある。

 本作のタイトル「人間タワー」は運動会の組体操のことだ。小学校の6年生児童100人前後がひとつのタワーを作るというもので、学校の伝統であり「絆」の象徴となっている。ところが前年の人間タワーで負傷者が出てネットニュースにもなったことから、実施に反対する保護者や生徒も現れる。

 本作の人間タワーは驚きの結論を見せてくれたが、その結論にいたった過程は描かれていない。私は、物語のなかでひとつ成長したであろうゆとり世代の教師・島倉や6年生児童の澪が頑張ったのだと勝手に想像している。この余白こそが、著者からの「なぜ人間タワーを行うのか」という問いかけなのではないだろうか。私が3送会を行う理由を議論したように、児童、教師が議論し、意見の違いを認めて、解決策を考える。結論以上にそのプロセスが大切なのだと。

 異なる考えをもつ者同士が支え合い、行動を選択していく現代社会。読者に考え議論し模索する大切さを教えてくれる1冊だ。

宗田

宗田 昌子●マンガ、たまに文庫本を読みながら寝落ちする日々。国立代々木競技場での今年初の体操観戦に感無量。キング内村航平選手への他国選手のリスペクトが客席にも存分に伝わってくる素晴らしい大会でした。


(個人的に)「奇跡」を運んでくる青山さんの小説に焦がれて。『お探し物は図書室まで』(青山美智子/ポプラ社)

お探し物は図書室まで
『お探し物は図書室まで』(青山美智子/ポプラ社)

 青山美智子さんが書く小説が大好きだ。仕事柄、「最近面白かった本は?」「注目の書き手は?」と尋ねられることがあるのだが、最近必ずお名前を挙げてさせてもらっている。青山さんの本が好きな理由はたくさんあるけど、一番は「ささやかな奇跡を体験させてくれること」だ。

 例をふたつ挙げてみる。ある朝『お探し物は図書室まで』の1章を読んでいて、『ぐりとぐら』に出てくる料理が何かを思い出し(オムレツだと思ってた)、その日の午後、絵本の取材で『ぐりとぐら』の話題が出た。ある日、青山さんの本を勧めよう、と考えていたら、「今日はこれを読んだ」と彼女のカバンから『木曜日にはココアを』が出てきた。普通に驚く。「奇跡」と書いたけど、これらはもしかしたら青山さんの本で描かれていること、そのものかもしれない。自分が起こしたアクションが、誰かの何かとつながっていく。当たり前のことのようで、小説でそれを実感させられることは、稀有な体験だと思う。

 新刊の『お探し物は図書室まで』も、楽しみに拝読させてもらった。仕事(とリタイア後の人生)に悩み、戸惑い、新しい道を模索する5人の主人公は、マシュマロマンのようでベイマックスのようで早乙女玄馬のような司書、小町さゆりさんが提示する意外な1冊により、気づきを得る。紹介した本がきっかけで相手の視界が開けていくのは、なんて素敵なことなんだろう……などと、柄にもなく自分の仕事を誇りに思えた。

清水

清水 大輔●音楽出版社での雑誌編集や広告営業などを経て、20年7月よりダ・ヴィンチニュース編集長。超絶楽しみにしていたルヴァンカップの決勝が、柏レイソルのクラスタ発生により延期に。11月前半は、心配すぎていろいろ手につかない日々を過ごす。