人生に大切な“自立”“別れ”“希望”をテーマにした絵本は、子どもを成長させてくれる/鎌田實の人生図書館⑥

文芸・カルチャー

公開日:2020/12/14

「読書は人生の羅針盤の役割を果たしてくれた」 鎌田先生の人生を支えた名著から、コロナ禍のなかで読みたい本、子どもの心を動かす絵本まで。400を超える本や絵本、映画を鎌田流に読み解いた渾身の読書案内をご紹介します。

鎌田實の人生図書館 あなたを変える本と映画と絵本たち400
『鎌田實の人生図書館 あなたを変える本と映画と絵本たち400』(鎌田實/マガジンハウス)

人生に大切なのは「自立」「別れ」「希望」

 8位は『マリールイズいえでする』(ナタリー・サヴィッジ・カールソン作、ホセ・アルエゴ、アリアーヌ・デューイ絵、星川菜津代訳、童話館出版)も優れた絵本です。僕も読んで、大ファンになりました。

 マングースの女の子マリールイズが、お母さんに叱られて家出をします。しかし、お母さんは止めようとせず、お腹が空くからと、サンドウィッチをもっていきなさい、なんて言ったりするのです。

 女の子は、へびやアルマジロにお母さんになってほしいと頼みますが、断られます。あきらめかけたときに、お母さんに再会。お母さんはお母さんで、かわいがったり、世話をやいたりする子がいなくなったので、さびしくなって家を出て来たのだといいます。

 そこで、母と子は意気投合して、一緒に家出をしようということになるのですが、おもしろいのは、「どこへ家出する?」とお母さんが子どもに聞いていることです。子どもの選択や自己決定を優先させているのです。

 こういう絵本は、大人も成長させてくれます。がんばって子育てをしている友人がいたら、絵本をプレゼントしてみるのもいいかもしれません。

 8位になれなかった『わたしの きもちを きいて』は、ガブリエル・バンサンという有名絵本作家の作品(もりひさし訳、BL出版)。「家出編」と「手紙編」があります。家出をしたり旅に出たりしながら、僕たちは成長します。「家を出たい」というのは、自立心だけでなく、何かに対する反抗という自我の芽生えが背景にあります。それが出てくることが、とても大事。「手紙編」では、大事なことを人にちゃんと伝えることの大切さを訴えています。

 もうこのへんになってくると名作がゾロゾロ。『岸辺のふたり』(マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット作、うちだややこ訳、くもん出版)という作品は、少女時代に父親を亡くした少女が主人公。その父親のことを思いながら大人になり、愛する人を見つけ、そして子どもを育て、子どもたちは巣立ち、それでも時々、いなくなった父のことを思い続けていくというストーリーです。

 絵がとても綺麗。人生は大変だけど、それでもいいなあと思わせてくれる、優れた絵本です。生きていくうえで大切なキーワードは「自立」と「別れ」です。人生は別れの連続です。

 もう1つは『エリカ 奇跡のいのち』(ルース・バンダー・ジー作、ロベルト・インノチェンティ絵、柳田邦男訳、講談社)。ユダヤ人たちが捕まり、強制収容所に送られていきます。人間が牛や豚を運ぶ貨車にぎゅうぎゅう詰めにされて運ばれていきます。貨車の小さな窓から、お母さんが毛布でぐるぐる巻きにして、外に放り出します。自分は死に向かいながら、子どもになんとか生きてもらいたいと、子どもの命を投げたのです。

 その子、エリカは奇跡的に生き延びました。そして結婚し、家庭を築きました。間違いなく死が待っているとうわさされる収容所に子どもを連れて行かず、貨車の窓から放り投げるという行為が「希望」を表していたのだと思います。人生にとって大切なのは「自立」「別れ」「希望」だと思います。

 F・K・ヴェヒターの『赤いおおかみ』(小澤俊夫訳、古今社)は名作中の名作。迷いましたが8位にはできませんでした。でも読んでいただきたい一冊です。

「人生の不条理」を教えてくれる絵本

 9位は『おちゃのじかんにきたとら』(ジュディス・カー作、晴海耕平訳、童話館出版)。これは不条理な絵本です。子どもに大人気、でも大人は納得できません。イギリスではもっとも有名な絵本の1つです。お茶の時間にやってきた虎が、おやつだけではなく、つくりかけの夕飯も食べ尽くしてしまいます。

 食べられるものは全部平らげ、ミルクも飲み干していきます。でも、お母さんも女の子も、ニコニコして動じません。虎がいなくなり、お父さんが帰ってきました。お父さんも「許さん!」なんて怒りません。飄々として「レストランに行こうか」と、外食をしようとします。

 生きていると不条理なことがあります。「不条理」を子どもたちに教えておくことは、とても大切。僕の大好きな絵本です。

「不条理」を乗り越える作品も、絵本の中には多い。ガブリエル・バンサンの『アンジュール ある犬の物語』(BL出版)。不条理を乗り越えた犬が小さな子どもに出会い、救われていく美しい話です。9位にしようか、迷いました。

 この作品は、言葉が一言も出てきません。すべて絵だけで訴えています。素晴らしい絵本です。

 同じく9位にはしませんでしたが『いないいないばあ』(童心社)。累計600万部の大ベストセラーです。作者の松谷みよ子、画家の瀬川康男のコンビ。ともに大作家です。日本でもっとも親しまれている絵本、子どもさんが生まれたり、あるいは友人に子どもができたとき、この本はとてもいいプレゼントになると思います。

 古くから伝わるイギリスの民話『三びきのこぶた』は、4歳ぐらいの年齢が読むのに適当と言われる一冊。三匹のうち、二匹は狼に襲われて食べられてしまうので「残酷な話だ」という批判もありますが、「全力で生きないと狼に食べられてしまう」というのが現実。世の中は「きれいごとではすまない」ことを子どもたちに知っておいてもらうのは、とても大切なことです。日本語で読むなら瀬田貞二訳、山田三郎絵、福音館書店のものがおすすめ。

『せかいでいちばんつよい国』(デビッド・マッキー作、なかがわちひろ訳、光村教育図書)。いちばん強い国が弱い国を征服します。でも弱い国は、強い国の兵士たちを大事にしました。強い国の兵士たちは、弱い国の料理や、石蹴りなどの遊び方や、歌などを自分の国に持ち帰りました。

 帰ってきた兵隊たちが、途端に戦闘的でなくなっていきます。王様は、また新しい戦争好きな兵士を送り込みます。でもみんな、帰ってくると、戦闘的でなくなっていくのです。

「世界でいちばん強い国は、もしかしたらこの弱い国かもしれない」と思わせてくれる作品です。いい本がいっぱい、どれも9位にできず、残念です。

「全力で仕事をまっとうする」人の輝き

 10位、『ルリユールおじさん』(いせひでこ作、講談社)は、とにかく絵がきれい。パリの路地裏にひっそりと息づいた本づくりの少女職人の話で、製本職人の静かで豊かな世界を描いています。

 10位は、命がけで自分の仕事をまっとうする人たちを描いた絵本たち。こちらを10位にしようかと迷ったのは『木を植えた男』(ジャン・ジオノ作、フレデリック・バック絵、寺岡襄訳、あすなろ書房)です。フランスの山岳地帯に一人、何十年もの間、黙々と木を植え続け、森を蘇らせた男の物語です。その不屈の精神をつづります。フレデリック・バックの絵が抜群です。

 10位で迷ったもう一冊は『バスラの図書館員』。ジャネット・ウィンターというアメリカの有名な絵本作家のものです(長田弘訳、晶文社)。イラク戦争のときに、一人の女性図書館員が、図書館の本を守ろうと、街の人たちに応援を頼みながら、夜間に3万冊の本を、まわりの家に運びました。

「図書館の本には、私たちの歴史が全部詰まっている」。その女性の言葉です。僕はイラクのバスラに現地駐在員を置いて、バスラの小児白血病の子どもたちを助けています。この図書館の女性職員は、のちに高い評価を受けて、図書館館長になりました。

 3万冊の本を運ぶとき、彼女は腰を痛めてしまいました。僕はコルセットや痛み止めを彼女に届けました。戦争がどんなにひどいことをするのかが、よくわかります。

 まだまだ絵本について語り尽くせていません。カマタ流の選び方で10位を選びましたが、選に漏れたものも少し挙げさせてもらいました。時々、自分へのご褒美にと絵本を一冊買ったり、大切な人にプレゼントしたり、暖かくて強くて豊かな子どもにするために、子どもや孫にプレゼントしたいものです。

続きは本書でお楽しみください。