「発見実績90%」のペット探偵だからできること「眠らない刑事と犬」④/道尾秀介『N』

文芸・カルチャー

公開日:2021/10/8

N (集英社文芸単行本)

著:
出版社:
集英社
発売日:

道尾秀介氏が「読む人によって色が変わる物語をつくりたい」と挑んだのは、読む順番で世界が変わる1冊『N』(集英社)。 全6章を読む順番の組み合わせはなんと720通り! 本連載では、そのうちの1章「眠らない刑事と犬」の冒頭を全4回で試し読み。

N
『N』(道尾秀介/集英社)

「あなたが依頼を受けて猫を捜索しているあいだに、街でその猫を見かけたっていう人がいてね」

 彼女がそれを知ったのは、たまたま入ったバーで、飼い猫の行方不明と発見の顛末を男性店員に聞かせたときのことだった。スマートフォンで猫の写真を見せながら話していると、その店員が、しばらく前に同じ猫を見たというのだ。場所は彼女の自宅近く。夕暮れの路地で、動物用のケージを持った男と、店員は行き合った。動物好きだった彼は、すれ違いざまにちらりとケージを覗き込んだ。すると、顔に極太の眉毛のような模様がある猫が入っていたのだという。

「ケージを運んでいた男の年格好を訊いてみたら、あなたとぴったり一致したんですって」

 まず最初に、彼女は笑ったらしい。きっとそれは捜索九日目に江添が猫を発見し、自宅に連れてくるところだったのだろうと。しかしここで日付が問題になった。店員が猫を見たのはなんと、彼女が江添に捜索を依頼した翌日のことだったのだ。

「本当はとっくにペットを見つけてるのに、それを事務所かどこかに隠しておいて、依頼人に報告しないまま料金を吊り上げていく。料金がかさんで契約を解消されそうになると、あたかもたったいま見つけたようなふりをして、ペットを飼い主のもとに届ける。ペットが戻ってきさえすれば飼い主は喜ぶから、好意的な口コミが広がって、また新しい依頼が来る。――何か違ってるところある?」

 江添は縮めた高枝切りバサミを肩に担いで腰を上げる。そのまま立ち去ろうとするので、わたしは背後にぴったりついて歩いた。

「昨日、あの鳥が庭木にとまったとき、あなたエアガンで追い払ったわよね。あれも、もし飼い主が鳥に気づいて窓を開けたら、鳥が中に入っちゃうと思ったからじゃないの? そうなれば、あなたの仕事はそこで終わってしまう。だからいったんエアガンで追い払って、罠をつくったうえで、今日またここに来た。あなたはその変な罠で鳥を捕まえて、事務所に連れ帰るつもりだった。飼い主には捜索をつづけていると噓をついて、三日ごとに料金を吊り上げようとしてた。だって、そう考えないと辻褄が合わないでしょ? 昨日あの鳥が枝にとまったとき、家の人に二階の窓を開けてもらっていたら、無事に飼い主のもとへ戻ってたわけだから。きっと鳥は家に帰ろうとしていたんだろうし」

 無視を決め込んでいた江添は、ここでようやく肩ごしに声を返した。

「帰ろうとしてたかどうかなんて、ヨウムに訊かなきゃわからねえ」

「何ム?」

「ヨウム」

「オウム?」

 ヨウム、と江添はもう一度繰り返す。どうやらさっきの鳥は、そういう種類らしい。

「それにな、もし仮にいまあんたが言ったことが本当だったとしても」

 彼が急に立ち止まったので、もう少しでまな板に顔をぶつけるところだった。江添はくるりと身体を回し、至近距離でわたしと目を合わせる。

「立証できんのかよ」

「できないと思う」

 初めて彼の表情が動いた。ほんのわずかだが。

「もっと言えば、これ以上調べようとも思ってないし、昨日と今日、あの家の前で自分が見たことだって、上に報告するつもりはない。いまのところはね」

 乾いた黒目で、江添はわたしの顔を直視する。職業柄、目をそむけられたり伏せられたりすることには慣れているが、こうした視線に遭う経験はあまりない。

「そのかわり、頼みたいことがあるの」

 署に持ち込まれた相談について考えていたとき、ふと気づいたのだ。――電話をしてきた女性が言っているようなペテンを、もし江添が実際に行っている場合、行方不明の動物を発見することが大前提となる。料金を吊り上げたところで、最終的に飼い主のもとへペットを返すことができなければ、いまの時代、インターネット上で悪い口コミがすぐに広がってしまうからだ。ところが「ペット探偵・江添&吉岡」は九十パーセントという高い発見率をうたっており、どうやらそれは噓ではないらしい。調べてみたところ、ペット捜索業者の一般的なペット発見率は六十パーセントほど。つまり、彼はとんでもない高確率で仕事を成功させていることになるのだ。

「ある犬を、見つけてほしいの」

<続きは本書でお楽しみください>

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