『ミトンとふびん』『図解日本酒入門』『7.5グラムの奇跡』編集部の推し本6選

文芸・カルチャー

更新日:2022/1/24


“なまえのないかいぶつ”に慈愛は必要か『MONSTER』(浦沢 直樹/小学館)

『MONSTER』(浦沢 直樹/小学館)
『MONSTER』(浦沢 直樹/小学館)

『MONSTER』の1巻が出版されたのは、1995年。なんと27年前だ。自分が幼いころ本作を読んでからずいぶん経ったが、それでも、“一番印象的な怪物的敵役は誰か”と問われたら、ヨハンをあげるだろう。内容の面白さ素晴らしさは、多方面で語りつくされていると思うので、私はその一片を……。

 天才脳外科医・天馬の没落&逃亡生活のきっかけとなる、美しい少年ヨハン。一見笑顔で柔和な言動だが感情が読めず、行動原理・思考が理解できず、言葉が通じるのに相互理解は絶望的に無理だろうと感じる。そんな人の形をしたナニカは、何故こんなに恐ろしくて魅力的なのかと、その描かれ方に読み返す度嘆息してしまう。普通にしていたって人間は相互理解が難しい。他人の考えていることなんて分からない。その中で、相手を選ばずに正義と人道的慈愛を何度も発揮する天馬の眩しさは際立つのだが、「果たしてそれは正しいのか」と全編にわたって問われているように感じる。感動的でさえある正義や献身と、それを呑み込む悪意が相対した時、常識は通用しなくなるのだ。恐ろしいのは結末には更に選択が待っていて、“本当の結末”は読者の手の届かない向こうにあること。その先にどんなものを望むのかで、自分という人間の心の内がにじんでしまうような気がする。

遠藤

遠藤 摩利江●『劇場版 呪術廻戦 0』を公開2日目に観ました。最初の数分で出てくる木漏れ日からして手がかかっていて、「あ、神は細部に宿る系作品だ…」といきなり涙ぐんでしまい……。戦闘などの動きはもちろんのこと、背景含む画づくりが印象的で、虎杖たちが生きている「呪術廻戦」世界の解像度がぐっと上がりました。


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明日になったら受け取り方が変わるのかもしれない1冊/『教育』(遠野遥/河出書房新社)

『教育』(遠野遥/河出書房新社)
『教育』(遠野遥/河出書房新社)

 人が薦めてくれる本を読むと、少し世界が広がる感じがする。本書はSNSでの推薦コメントを見たその日に購入して、イッキに読んだ。

 とはいえ、その内容は頭が「?」だらけになった。1日3回オーガズムに達すると成績が上がると言われ、学校支給のポルノ・ビデオで自慰をしたり、学校指定の避妊具をつけてセックスをしたりする主人公たち。その様子はどうやら学校側に監視されているらしい。テストと称して行われるのは、なぜか謎のカード当て。その成績によって生徒たちは上下関係を決められ、豪華な一人部屋を与えられたり複数人で暮らす部屋に住まわされたり、生徒同士の互いへの態度も決まるという。

 読了しても細部が理解できていないまま、変に頭が冴えた状態で就寝し、翌朝の寝起きの状態で、突然自分なりの考察がうっすら見えてきた。私にとっては、珍しい読書体験だった。

 とくに不思議だったのは、ストーリーの合間に登場する、複数の作中作についてだ。奇妙な設定だったりなんとも示唆的だったりするのに、それを受けての主人公の変化が一切ないのだ。そこではっとした。普段私もさまざまな情報にふれて、それによって100%の確率で学びを得たり成長したりしているか…? 残念ながら「否」である。そう考えれば変化がないのはごくごく自然のことであるし、この作品は、最初から最後まで全く成長のない主人公が受けている「教育」の話だったのかもしれない、と考えた。そもそもその「成長」すらも、主人公たちが満足している世界とは基準が違い過ぎるのかもしれないが。

 もしかしたら今日の私と明日の私とで、また受け取り方が変わるのかも、というくらい、人によって解釈が分かれそうな作品だ。

宗田

宗田昌子●たまたまVODで見つけた『ザ・ファイブ−残されたDNA−』という2016年製作のイギリスのドラマをイッキ見した。魅力的な謎と思いもしなかったラスト…想像以上の面白さだった。原案を書き下ろしたハーラン・コーベン氏の書籍、読んでみよう!


邪念がなくピュアな主人公の造形に惹かれて『7.5グラムの奇跡』(砥上裕將/講談社)

『7.5グラムの奇跡』(砥上 裕將/講談社)
『7.5グラムの奇跡』(砥上 裕將/講談社)

 もう1年半前になるが、2020年の夏のある日、片目の視野が欠けて(いわゆる視野狭窄の状態)、心底焦るとともに、とても怖い思いをした。何度も検査して治療してもらい、今は回復したのだが、その体験を思い出すと未だに肝が冷える。「見えなくなるとできないこと」の多さに愕然としたし、文字を読んだり映像を観て楽しめることに改めて感謝する出来事だった。

 そんな体験をしたから、砥上裕將さんの2作目の小説『7.5グラムの奇跡』は、ことさらに心にささった。タイトルの「7.5グラム」は、眼球の重さを指す。町の眼科医院で視能訓練士として働く青年・野宮恭一と、眼科で働く/眼科を訪れる人々との5編のエピソードで構成された作品だ。「眼科の視能訓練士が主人公」と聞くと、ニッチで地味な設定・物語を想像してしまうかもしれない。実際ニッチかもしれないが、誰にとっても大切な眼球をめぐるそれぞれのストーリーは、シリアスなテーマとドラマ性をはらみつつ、主人公・野宮の不器用でありながら誠実な仕事ぶりの描写が、気持ちよく読ませてくれる。

 砥上さんは水墨画家であり、広く話題を呼んだ1作目の『線は、僕を描く』は、水墨画の世界を舞台にした作品だ。美しい・静か・温かいといった言葉で形容される作品だったが、個人的には「ピュアさ」に惹かれた。『線僕』の主人公・霜介も、『7.5グラム』の野宮も、対象への熱量や想いに邪念がなく、クリアで、だけど熱い。砥上さんが描く次の主人公はどんな人物になるのか、とても気になる。

清水

清水 大輔●編集長。編集長。年が明けて、Jリーグの各チームも続々始動する中、昨年ギリJ1に残留した我が柏レイソルはのんびりスタート。クラブ運営が閉鎖的、発信が少ない、スポンサーが云々など、いろいろ言われるし腹も立つけど、なぜか例年以上に期待してしまう。30年も応援すると、悟りが開けますね。