団体決勝戦の相手は2年前に戦ったライバル道場。自信に満ちあふれ“完全勝利”と思ったが…/片岡健太(sumika)『凡者の合奏』

文芸・カルチャー

更新日:2022/7/20

 あなたは、身近にいる人との縁や繋がりのきっかけを考えたことはありますか?

 今回ご紹介する書籍は、人気バンドsumikaの片岡健太さんと、彼と関わる人々との記録を綴った人間賛歌エッセイ『凡者の合奏』。

 多くの絶望や数々の挫折を経験してきたなかでも、それ以上に人との関わりに救われた片岡さん。

「さまざまな人にとっての“sumika(住処)”のような場所になって欲しい」バンド名の由来にもあるように、sumikaの音楽はとにかく優しく、人への愛にあふれている。

 彼が織り成す、そっと背中を押してくれるような優しい言葉の源とは――?

「特別な才能があるわけじゃない」「1人では何もできない」「昔も今も常にあがいている」、凡者・片岡健太さんのすべてをさらけ出した一冊。オール本人書き下ろしに加えて、故郷の川崎市や思い出の地を巡った撮り下ろし写真も多数収録。また、『凡者の合奏』未収録写真を、ダ・ヴィンチWebにて特別公開いたします!

 決勝戦で当たったのは2年間前に戦ったライバルの道場。僕と同じようにライバルも大将になっていた。自信があった僕は、見事に完全勝利したと思っていたが…。

※本作品は片岡健太著の書籍『凡者の合奏』から一部抜粋・編集しました

凡者の合奏
『凡者の合奏』(片岡健太/KADOKAWA)

凡者の合奏
写真=ヤオタケシ

 大会では順調に勝ち進み、決勝戦で当たることになったのは、2年前に戦ったライバルの道場であった。試合前の選手同士の礼の際に相手の顔を見ると、以前は中堅だった選手が、僕と同じように大将になっていた。接戦を繰り広げた末に、2勝2敗という状況で、大将戦まで回ってきたのはもはや運命としか言いようがない。

 しかし、以前とは違って、僕には自信があった。事実、その日の大会で、僕はひとつも黒星をつけていなかった︎。絶対的な自信を持って、2年前が「たまたま」だったのではなく、最後の大会で大勝利するまでが運命だったのだと、相手に叩き付ける覚悟で僕は試合に臨んだ。

 試合開始直後、相手選手の「ヂョァーー!!!」という情熱的な気合いに対して、僕は「ヤー」という冷静な気合いで返した。だって、形だけの気合いには、意味はないのだから。2年前の雪辱を果たすべく、何度も猛烈な攻撃を仕掛けてくる相手に対し、僕は適切な間合いを取り、相手を一閃するタイミングを淡々と窺う。

 すると、試合直後からの絶え間ない攻撃によって疲れたのか、相手の竹刀が、一瞬左下にストンと落ちた。「今だ!」その瞬間を見逃さずに、僕は相手の面に竹刀を当て「面!」と声を発した。きれいな一本。僕の完全勝利だ。チームは優勝。小学校生活最後の大会で、有終の美。頭の中では、さまざまな美辞麗句が時速300キロで駆け回り、僕の魂は天界へとウイニングランを始めた。

 しかし、辺りを見渡すと、試合が終わった気配がない。右を見ると、審判は赤白両方の旗を両手に下げている。左を見てみると、若干赤の旗が揺れているが、上げる気配はない。

「まだ試合は終わっていない!」

 魂を現世に戻して、そう理解しようとした刹那、僕の右腕に激痛が走った。相手の竹刀が、僕の小手防具の端の、ほとんど素肌という部分に力強く当たったのだ。その直後、相手から奇声が上がった。

「オコテェーー! オコテ! オコテ! オコテ! オコテェーー!!」

 半分怒りにも似た感情で相手を睨み、構えを正そうとしていると、審判は全員一斉に白旗を上げて、相手の一本を高らかに宣言した。何が起きたのか、さっぱり分からなかった。だが、優勝がかかった団体戦の決勝で、僕は確かに敗けたのだ。

 防具のない所に竹刀が当たって、しかも聞いたことのない「小手」を丁寧語にした「お小手」という謎ワードを、何回も連発した一本アピール。完璧に入った僕の面に対して、不当に入った相手の小手の一本。試合が終わっても、準優勝の銀メダルを首にかけられても、僕はまったく納得がいかなかった。

 試合後に防具を片付ける気にもなれず、正座して呆然としていると横に師範がやってきて、「お前は心で負けたな」と一言残して立ち去っていった。

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