第一回 藤原道兼(ふじわらのみちかね)(道長の兄)【大河ドラマを100倍楽しむ 王朝辞典 】

文芸・カルチャー

公開日:2024/2/4

第一回 藤原道兼ふじわらのみちかね(道長の兄)【大河ドラマを100倍楽しむ 王朝辞典 】

 さて、とうとう大河ドラマ「光る君へ」が始まりました。ここではドラマに出てくる人名やはたまた生活(ライフ・オブ・平安)についてやさしく語ってみますね。
 今から書くものは、とても簡単にまとめてます。ただ、彼らが生きている姿が伝わってくるようなエピソード、またあまり知られていないエピソードを取り上げますね。そしてそこには、今まで説明されてこなかった和歌などをちょこっと入れていきます。ドラマに出てくる人たちを、より身近に、人間として感じていただければ、うれしいです。
 いつ生まれて、いつ亡くなったか。そういう事は大切ですが、ここではなるべく彼らの心を中心にお話ししていきますね。
 それではまず、ドラマでは第一回に大変な役回りで登場した藤原道兼。残酷な役回りの道兼についてちょこっと見ていきましょうか。

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 藤原道兼は、花山天皇かざんてんのうをだまして出家させた人として有名。また、呼び名としては粟田関白あわたかんぱく七日関白なぬかかんぱくなどがあります。粟田関白の「粟田」は住んでいた所ですね。また「七日関白」は、関白になったものの十日(諸説あり)で亡くなってしまったので、こんなあだ名で呼ばれているのでした。
 ところで、彼は割と和歌に理解がありました。いろいろな歌人を集めて自邸で歌を詠んだりしていたのです。そんな道兼の歌は『拾遺和歌集しゅういわかしゅう』と『続古今和歌集しょくこきんわかしゅう』に入ってます。二首ともはかない歌。
 まず『拾遺和歌集』に入っている歌から見ていきましょうか。

しのべとやあやめもしらぬ心にもながからぬよのうきにうゑけん
(『拾遺和歌集』哀傷、一二八一)

(自分の形見として偲んで下さい、とでもいうのでしょうか。分別もつかない小さい子の心。そんな心でも、短い命をつらく思って、菖蒲を土のなかに植えて残したのですね。)

 この歌には詞書ことばがき(歌の事情説明)がついてます。そこには、「ふくたりという子が遣水やりみず(家のなかにある水を引いた小川)に菖蒲しょうぶを植えました。でも、その子が亡くなった次の年、菖蒲が生えてきたのです。それを見て詠んだ歌」といったようなことが書いてあります。
 この歌は、子どもがいなくなった哀しさだけをうたっているわけではありませんね。その子が残した菖蒲が成長しているのを見て、慟哭どうこくしているのです。植えた子は亡くなったけど、菖蒲は命を持って成長する……。そんなやりきれない哀しさを歌にしたのです。
 この歌には、ドラマとは正反対の道兼の親としての優しい心情が響き渡っていますね。なお、「哀傷」というのは、「部立ぶだて」といいます。部立については『ビギナーズ・クラシックス日本の古典 拾遺和歌集』の説明をご覧になって下さいね(十五頁)。
 さて、もう一首の『続古今和歌集』(一五七六)に入っている歌も、はかなくもやさしい歌。詞書によると、朝顔の文付枝ふみつけえだですね(あさがほのはなにつけてつかはしける)。それで歌は……。

あさがほのあしたの花の露よりもあはれはかなきよにもふるかな

(はかないとされている朝顔の花の露。それよりもはかない世の中。そんな世の中で私はむなしいまま、ただただ時を過ごしているのです。)

どうでしょうか。この歌も先の『拾遺和歌集』の歌と同様、無常感漂う歌ですね。
 そして、道兼は、なんと紫式部の伯父さんである為頼ためよりとも知り合いでした。
 『為頼集』の六〇番に「故粟田の右大臣どののはかなくなりたまひての年の十月に」という詞書がついている歌があるんです。

神無月いつもしぐれはかなしきをここゐのもりもいかがみるらん

(十月の時雨はいつだって悲しいのに、子恋の森もどんなにかつらい気持ちでこの時雨を見ているのでしょうか。)

道兼が亡くなった後に書かれたとも、道兼の子が亡くなった後に書かれた歌ともいわれています。「子恋の森」は歌枕。場所は不明ですが、「子を思う森=親」という意味で歌われるのですね。
「道兼の子が亡くなった」とする解釈は「右大臣どののはかなくなりたまひて」に「右大臣どのの「こ」はかなくなりたまひて」というような「こ」を入れた本文によります。つまりは、この「子」が、さきの『拾遺和歌集』の「ふくたり君」をさすというわけですね。
 道兼自身が亡くなった時の歌にしても。「ふくたり君」が亡くなった時の歌にしても、道兼と為頼(紫式部の伯父)の交流が見えてきますよね。
このように道兼は歌を愛する公卿の一人でした。

プロフィール

川村裕子(かわむらゆうこ)
1956年東京都生まれ。新潟産業大学名誉教授。活水女子大学、新潟産業大学、武蔵野大学を経て現職。立教大学大学院文学研究科日本文学専攻博士課程後期課程修了。博士(文学)。著書に『装いの王朝文化』(角川選書)、『平安女子の楽しい!生活』『平安男子の元気な!生活』(ともに岩波ジュニア新書)、編著書に『ビギナーズ・クラシックス日本の古典 更級日記』(角川ソフィア文庫)など多数。

作品紹介

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