「私は母のグチの壺」長女を苦しめる母親の五大呪文とは?

暮らし

2018/5/11

『長女はなぜ「母の呪文」を消せないのか さびしい母とやさしすぎる娘』(大美賀直子/さくら舎)

 母と娘は女同士であるため、親子間での争いが深刻化してしまうこともある。その中でも、母親と長女の確執は、根深くなりやすい。『長女はなぜ「母の呪文」を消せないのか さびしい母とやさしすぎる娘』(大美賀直子/さくら舎)は、長女と母親の関係にスポットを当てながら、娘が自分らしく目覚めるためのヒントを記している。

■長女を苦しめる母親の「五大呪文」とは?

 心理カウンセラーである大美賀氏によれば、不安定でさびしい母親の犠牲になるやさしい長女たち(一人っ子の娘、男きょうだいの中の一人娘、長女の役割を担う妹なども含む)は、母親からの五大呪文によって、苦しめられているのだそう。


1.「あなたのためなのよ」
2.「やりたいことを我慢して、あなたを育ててきたのに」
3.「お母さんができなかったことを、あなたにしてほしいの」
4.「あなたさえいてくれれば、もう何もいらない」
5.「お母さんのいうとおりにしていれば間違いない」

 こうした五大呪文を口にする母親には、娘を苦しめているという自覚がない。しかし、呪いのような母の言葉によって行動が制限されるため、娘は生きづらさを抱えてしまう。特に長女は母親から「長女ならこのくらいできなくては」と期待されたり、自身でも同じ気持ちを抱いてしまうため、心にダメージを受けやすい。

 母と娘の関係は、母親と息子がべったりしているのに比べ、問題視されにくい。一時期流行った「友だち親子」という言葉も、母と娘の関係を美化するには最適だ。こうした依存関係を断ち切るには、「親子は同じ人生を歩めない」ということに、お互いが気づかなければならない。親子は夫婦のように、同じ方向を見つめてはいけない存在なのだ。

■私は母のグチの壺

 本書の第1章には、娘を苦しめる母の行動がエピソード形式で3つ収録されている。その中でも筆者の心に深く刺さったのが、エピソード1の「話を聞かないなら家を出ていく」と娘を責める母親の話だった。

 プライドが高い家庭の長女として産まれたK美さんは、家の中で母のグチを聞き続けるという、カウンセラーのような役割を果たしてきた。物心つく頃から母親の苦しみを受け止めてきたK美さんの体験談に、同じような役割を果たしてきた筆者は強く共感した。毎日繰り返される母親のグチには終わりがない。「娘だから聞いてくれてもいいじゃない」と言われてしまえば、勇気を振り絞って行った精一杯の拒絶も無意味になってしまう。そして、距離を置きたいのに、助けたいという相反する葛藤も自分の心の中に芽生えていく。

 母親のグチを受け入れていくことはつらいことだ。しかし、小さな頃からカウンセラーの役割を果たしている娘にとって母親は、絶対に見捨てられず、嫌われたくない存在でもあるのだ。「よくこれだけグチがでてくるものだな」と思いながらも母に寄り添う。そのたびに、自分の心の大切な部分が腐っていくような気持ちになる。

「私は母のグチの壺」と語るK美さんは、親元を離れた現在も、電話で母親のグチを受け止める日々を送っている。母から刷り込まれた呪縛は、一体いつまで娘の心身を支配し続けるのだろうか。

■友だち親子が夫婦を壊す

 近年は結婚後に長男が家を継ぐことが減ってきた。その一方で増えているのが、娘に頼る親だ。長年育児をしてきた母親は、新米ママである娘からしてみれば、一番頼りやすい相手に見える。だからこそ、出産を機に、実家へ頻繁に帰るようになったり、実家の近くにマイホームを建てたがったりする娘も多い。しかし、大美賀氏によれば、こうした状況が実現すると、夫よりも母親に頼りやすくなるため、夫婦関係に亀裂が入ってしまうこともあるのだそう。特に、友だち親子のように、母と娘が互いに依存し合ってしまうと、夫は疎外感を抱きやすくなるのだという。

 親子問題は結婚をすれば解決できそうに思えるが、より複雑になっていくケースもある。そんな時、娘は物理的・心理的に距離を取り、母親の友だちにならないようにしていく必要があるのだ。

 親は、小さな頃の自分にとっては、大切な保護者だった。しかし、大人になった今のあなたにとって、親は保護者ではない。親子は互いに自立し合ってこそ、家族の形を育めるのだ。

文=古川諭香