多彩な人間ドラマ!――吉川英梨『警視庁01教場』レビュー【評者:タカザワケンジ】

更新日:2023/12/4

驚きをいくつも秘めている号泣教場小説!
『警視庁01教場』文庫末解説

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警視庁01教場

著者:吉川英梨

書評:タカザワケンジ(書評家)

 花も実もある面白さ、とはこのことではないか。
「花」は興味をく設定と、何かやってくれそうなキャラクターのワクワク感。「実」は次々に困難が現れる起伏に富んだストーリーと、読後の満足感。そのうえ、読み始めたら止まらないドライブ感を持ったミステリ。それが『警視庁01ゼロワン教場』である。
 いや、それだけではない。警察学校を舞台にした青春小説として、また、新米教官、若手助教官の成長物語としても読みごたえがある。ページを閉じた後、心の中にさわやかな風が吹きぬける──そんな作品である。
 本作のヒロインはあまかす、三十二歳。警視庁刑事部所属。指名手配犯を捜す見当たり捜査員として、日々膨大な量の顔を町で見ていた。
 仁子は警視庁公安部のしまもととおだいでお見合いの最中に容疑者の顔を見つける。半グレ組織「はる連合」の幹部、ほつこういちだった。逮捕実績を上げようと焦っていた仁子は、島本の制止を振り切り、堀田を追って走り出す。堀田をレインボーブリッジまで追い詰め、あともう少しというところでともにつり橋部分から転落。仁子は大けがを負い、堀田は行方不明になってしまう。けががえた仁子は、心と身体を癒やすために警察学校へ教官として赴任することになった。
 そして舞台はいよいよ『警視庁01教場』の舞台、警察学校へ。映画ならここでどーんとタイトルが出るところだ。
 警察学校で待っていたのは助教として仁子を支えることになるしおけいすけ。元捜査一課の新米刑事だったが、助教として勤務し三期目になり、今期終了後に現場復帰が確実になっている。塩見は仁子が優秀な刑事だと聞いていた。しかし、その期待は大きく裏切られる。〝元気印のにこちゃん〟とあだ名されていた刑事時代の人物評と違い、生気がなく、人と積極的に関わろうとしないのだ。相棒である助教の塩見にすら心を開こうとせず、学生にも冷たい。
 そんな時、警察学校の正門脇に人間の左脚が置かれるというショッキングな事件が起きる。しかもその左脚が入っていたのは、甘粕教場と書かれた模擬爆弾の箱だった。一体誰が何の目的で? 左脚の持ち主は誰で左脚以外はどうなったのか。そして、甘粕教場が名指しされた理由は。
 警察学校を舞台にした作品と言えば、誰もが思い出すのが、ながおかひろの『教場』だろう。かざきみちかという冷徹かつ抜群の観察眼を持った教官が活躍する短編連作ミステリの秀作である。警察学校のクラスを「教場」と呼ぶことを広めたのはこの作品だ。
 長岡弘樹の「教場」シリーズとそうへきをなす警察学校を舞台にしたミステリがある。「警視庁53ゴーサン教場」シリーズである。作者はこの『警視庁01教場』と同じよしかわ。こちらは長編で、これまでに五冊刊行されている。
 53教場とはきようすけ教官の名前から採ったもの。五味はイケメンの切れ者だが、どこか青くささがあり、それが魅力になっている。実は、この『警視庁01教場』にも五味が警視庁捜査一課の刑事として登場し、重要な役割を果たすのだが、彼の前歴が知りたい方は「警視庁53教場」シリーズを読むといいだろう。つまり時系列で言えば、この『警視庁01教場』は「警視庁53教場」シリーズの後に位置づけられるのだ。
 だが、『警視庁01教場』を読む前に「警視庁53教場」シリーズを読む必要はない。『警視庁01教場』はあくまでも甘粕仁子の「甘粕教場」の物語。仁子は警察学校に異動してきたばかりの新人教官だ。私たち読者は、彼女と一緒にこの警察学校の門をくぐることになる。
 実際、この作品には警察学校についてみつでリアリティのある描写がされている。吉川英梨の作品の多くに言えることなのだが、読者を未知の世界に誘うためにディテールをきっちりと固めているのだ。
 おかげで私たちは警察学校という世界をありありと想像できる。多くの一般市民から見れば警察は遠い存在だ。しかし私たちの生活の安全を守る存在でもあるし、市民に奉仕する公僕でもある。規律正しく、ルールを守って当然だが、時代の変化とともに若者の意識も変わる。伝統的なルールについていけない者も当然出てくるだろう。『警視庁01教場』が青春小説としても優れているのは、警察官になったばかりでまだ手帳も貸与されていないひよっこたちの悩みやかつとうを描いているからだ。
 警察官一家に育ったひょろりとした猫背のかわ。さっそく髪型を注意された女警のやまかいじまからやってきたニキビ面のじま、元消防士で場長を務めるしば。高校を出たばかりでまだ子供のしっぽを残した者もいれば、田舎から出てきてきょろきょろとあたりを見回しているような者もいる。一度職場でせつを味わい、失敗をばんかいしようとする者もいる。表面上は従順でも、心の中で何を考えているかはわからないのが彼らでもある。
 仁子のよそよそしさは学生たちの元気のなさにもつながり、いらだった塩見は学生たちにアンケートを採る。甘粕教官をどう思うかを問うアンケートだ。その答えに無記名で『殺してやりたい』と書く者が現れる。薬物疑惑、脱走騒ぎ、SNSでの炎上騒動など、警察官としての資質を疑いかねない事件の連続に塩見はてんやわんやだ。
 塩見の奮闘も、学生たちが抱える問題も興味をそそる。しかし、なんと言ってもこの作品の「花」は甘粕仁子である。
 冷たく突き放すかと思えば、猫のように甘えてくる時もある。脱走した学生を必死で捜したかと思えば、その学生と目が合いながらも無視する。どれが彼女の本当の姿なのか。とりわけ塩見は教官と助教の距離を詰めようと近づいたあげく、仁子を女性として意識してしまう事態におちいる。仁子と見合いをして以来、たびたび警察学校に仁子を訪ねてくる島本との関係も気になる。仁子はモテる女性なのである。仁子をめぐる恋愛模様もこの作品の読みどころになっている。
 読者としては仁子に振り回される塩見に大いに同情しつつ、興味を惹かれずにいられない。そういえば、吉川英梨はもともと恋愛小説でデビューした作家だ。こうした男女の機微を書くことにもけているのである。
 吉川英梨は『私の結婚に関する予言38』で第3回日本ラブストーリー大賞エンタテインメント特別賞を受賞し二〇〇八年に作家デビュー。女性刑事を主人公にした警察小説『アゲハ 女性秘匿捜査官・原麻希』をはじめとする「原麻希(ハラマキ)」シリーズでブレークした。ほかに、警察庁直轄のちようほう組織「十三階」に所属する女性刑事が主人公の「十三階」シリーズなど複数の人気シリーズを抱える。警察小説のほかに海上保安庁を舞台にした作品もあり、『海の教場』では、警視庁とはひと味違う海上保安庁の「教場」を描いている。
 私の吉川英梨についての印象はとにかく「書ける人」である。どの作品もテーマに合わせて設定、キャラクター、文体を工夫し、読者の興味をらせない。読み始めたら止まらないページターナーだ。警察小説、ミステリを得意とするが、今後はさらにジャンルを広げていきそうな予感がある。
 とくに私が注目しているのがキャラクターづくりのえだ。『警視庁01教場』も甘粕仁子、塩見圭介の二人のキャラクターとその脇を固める登場人物たちが生き生きと動き回ることが、物語を推し進めていく原動力になっている。
 その秘密を吉川自身が明かした言葉がある。「警視庁53教場」シリーズの第一作が出た時に、吉川英梨と『教場』の長岡弘樹との対談記事を書いたのだが、その時にこんなことを言っていた。

「主人公の名前を姓名判断にかけたり、いつもけっこう考えますね。年表もつくります。世相がこうだった時にこう思ったとか、初恋は? どういう親に育てられたか? とか。プロットを何十枚も書くので、そのなかで自由にしゃべらせるうちにキャラクターが固まってきますね。いざ書く時には年代だけは確認しますけど、年表には囚われず彼らの生の声を大事にしながら書いていくようにしています」

【「教場」対談 吉川英梨×長岡弘樹】『警視庁53教場』刊行記念!「警察学校小説」対談が実現!/カドブン

「生の声を大事に」。なるほど、だから登場人物たちに体温を感じ、「その後」が知りたくなるのだろう。甘粕仁子と塩見圭介の活躍をもっと読みたい。学生たちのその後を知りたい。そう思わせてくれる作品である。シリーズ化を期待したい。

作品紹介

警視庁01教場
著者: 吉川英梨
発売日:2023年11月24日

多彩な人間ドラマ! 驚きをいくつも秘めている号泣教場小説!
甘粕仁子は見当たり捜査員だったが、犯人追跡中に大けがを負い戦線離脱。警察学校の教官になった。助教官の塩見とともに1330期の学生達を受け持つが、仁子の態度はどこかよそよそしい。やがて学生間のトラブルも頻発。塩見は、教官、助教官の密な連携が不可欠と感じる。そんな矢先、警察学校前で人の左脚が発見される。一体誰が何の目的で? 教場に暗雲が立ちこめる中、仁子が人知れず抱えていた秘密が明らかに――!

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