資本主義もお金もなくなる世界とは? 経済学者・成田悠輔氏が構想した経済・社会・国家の未来【書評】
PR 公開日:2025/2/20

『22世紀の資本主義 やがてお金は絶滅する』(成田悠輔/文藝春秋)は、経済の変容と資本主義の未来像について、斬新なアプローチで描いた一冊だ。問いと向き合う姿勢について、成田氏は冒頭で下記のように述べている。
この本は「経済学者が経済について専門知でわかっていることを広くわかりやすく伝える」本ではない。逆だ。むしろ「何かあやふやでよくわからない素朴な疑問をみんなで考える」本である。どんな学問でも、わかっていることよりわからないことの方が圧倒的に多い。たまにはわからないことを気ままに議論してみるのもいいだろう。「プロ」も「素人」も一緒にだ。こういう精神で行こう。
この著者の構えを踏まえて、「一緒に考えること」を前提に本書を手に取ることをおすすめする。逆に、すでにわかっていることをまとめて解説する本を求めているならば、もっと適した書籍が他にあるかもしれない。
本書は大まかに三章立てになっていて、一章は現状の市場経済についての考察、二章はそれによって起こる国家の変容についての示唆、そして三章は変容の先に見えてくる新たな経済の展望を描いている。この三章が、タイトルにもなっている『22世紀の資本主義』の在り様を構想した本丸と言えるが、それはすでに従来の資本主義の枠組みにはとらわれない。今はまだ定義すらされていない新たな『主義(~ism)』の萌芽である。
こうした構成で(従来の、あるいはオールドな)資本主義が崩れていく過程と要因を著者は考察していくのだが、その道中では「資本主義」や「お金」といったキーワードに立ち戻ることもある。私たちがふだん当たり前のようにつかっている言葉は、いったい何を指しているのか。それらの本質とはいったい何なのか。こうした問いを自ら考えながら読み進めていくうちに、読者は経済にまつわる凝り固まった思考をストレッチすることができるだろう。
ありとあらゆる履歴がデータ化され、“私”という存在そのものが金融商品化すると、すべてが資本主義と化し、資本主義という概念そのものがなくなる。経済は計測不可能になり、金儲けの代わりに人間的な活動が経済成長の駆動力となる。しかしその経済を回す軸となるのは人間の意志や良心ではなく、アカシックレコードに刻まれた膨大なデータを食べ続け、自動的に望ましい出力を導きだす“招き猫”アルゴリズムだ……。
印象的だったトピックを稚拙な言葉でまとめて並べると、どこかSF小説のような気配がただよってしまう。しかし、これは訪れる可能性が高い未来なのだ。今、お金というよくわからないものに振り回され、あくせく労働しながら生きている身としては、『やがてお金は絶滅する』という鮮烈な予言を現実的なものとして受け止めながら、きたる未来に向けて「素人」なりに備えたい。終盤に登場する『稼ぐより踊れ』という言葉は、「素人」である読者一人ひとりの胸に届く金言だと感じた。
最後に、本書には読者を絶望させることは書かれていないし、誰も取り残さない。非常に抽象度が高い内容を扱いながら、誰でも感覚的に潮流をつかめるように配慮されている印象があった。それでいて、全体にただよう詩的な味わい深さもある。経済を軸にした本が、このような複雑な芳香が楽しめる一冊に仕上がるのは、非常に稀有なことだと感じる。
私たちの人生を捕らえて逃さなかった資本主義という概念が、すべて崩れ去る日が近いのかもしれない。そこに焦りと虚しさは大いにあるけれど、それはやがて別の希望をもたらすのかもしれない。そんな読後感を胸に抱くことができた。
文=宿木雪樹