累計15万部超えの『二木先生』に続く第2作が満を持して登場。日常をトップスピードで逸脱していく3つの物語
PR 公開日:2025/2/5

2019年、『ニキ』で第9回ポプラ社小説新人賞を受賞し、作家デビューを飾った夏木志朋さん。本作は、『二木先生』に改題された文庫もあわせて、累計15万部を超えるヒットに。だが、それ以降アンソロジー『私を変えた真夜中の嘘』(スターツ出版)への寄稿はあったものの、単著は5年近く途絶えていた。
そんな中、満を持して発表されたのが、中編3作を収録した『Nの逸脱』(ポプラ社)。『ニキ』では、普通になれない高校生と隠しごとのある美術教師、生きづらさを抱えたふたりがこの社会をサバイブしようともがく姿を描いていたが、『Nの逸脱』の登場人物たちも一筋縄ではいかない存在だ。どの人物も次々に“普通”から逸脱していくうえ、日常を踏み外すその歩幅が極めて大きい。いびつなステップを踏むように、みずから奇妙な事態に飛び込んでいくさまに目も心も奪われる。
「場違いな客」は、爬虫類のペットショップでアルバイトをする金本篤と、店を訪れた奇妙な客の物語。爬虫類好きには見えないその男性客は、高額な紫外線ライトを現金で購入し、配送手配もせず持ち帰っていった。その姿を見た篤は、男性客が大麻を室内栽培するために、紫外線ライトを買ったのではないかと疑いを抱く。後日、駅前で偶然その男を見かけた篤は、彼から金をせしめようと一計を案じるが……。
続く「スタンドプレイ」では、高校の数学教師・西智子の逸脱が描かれる。一部の生徒から執拗な嫌がらせを受け、精神的に追い詰められた智子は、ある深夜の最終電車で非常識な若い女に遭遇する。女から何度も肘鉄を食らい、メンタルが限界に達した智子は、黒い衝動に駆られ、下車した女の家を突き止めようと彼女の後をつける。
最終話の「占い師B」は、その名の通り、占い師をめぐるストーリーだ。霊能力はなく、磨き抜いた観察眼と洞察力で客の素性や悩みを見抜く坂東イリス。ある日、坂東のもとに弟子入りを志願する秋津という女性が現れる。優秀そうに見えて、とんだポンコツの彼女だが、実は未来の出来事を直感できる天性の才能の持ち主。坂東は彼女を弟子にするが、事態は思いがけない方向へと転がっていく。
狩る者と狩られる者が突如反転する「場違いな客」、西智子の行動に慄きながらも不思議と共感もできる「スタンドプレイ」、異様な事態を描きつつも、秋津の奇矯な言動がおかしさを生む「占い師B」。いずれも味わいは異なるが、ふとしたきっかけで道を踏み外してしまう人間心理、その後に待ち構える予測不能な展開はまさに絶品。ハンドリングが難しいピーキーな乗り物に押し込まれ、思いがけない場所へと超高速で連れて行かれる面白さがある。
無関係に見える3つの中編だが、いずれも常緑町というごく普通の町を舞台にしており、登場人物のかすかなつながりも匂わせている。私たちの隣にも、彼らのように“普通”を逸脱した“N”が何食わぬ顔で暮らしているかもしれない。いや、自分もすでに“普通”のレールをはみ出しているのだろうか。足元が揺らぐような感覚は、居心地が悪いようでいて不思議と癖になる。
文=野本由起