宇垣美里「読書は"究極の現実逃避"」。食事も忘れて一気読みした『このミス』大賞・文庫グランプリ『一次元の挿し木』の魔力【インタビュー】

文芸・カルチャー

PR 更新日:2025/3/31

 宝島社が運営する2025年 第23回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリを受賞した『一次元の挿し木』(松下龍之介/宝島社文庫)は、SF、陰謀劇、成長、スリラーの要素が巧みに組み合わされた注目のミステリー小説だ。

 ヒマラヤ山中で発掘された200年前の人骨。大学院で遺伝人類学を学ぶ七瀬悠がDNA鑑定にかけると、4年前に失踪した妹のものと一致した。不可解な鑑定結果から担当教授・石見崎に相談しようとするも、石見崎は何者かに殺害される。さらに古人骨を発掘した調査員も襲われ、研究室からは古人骨が盗まれた。悠は妹の生死と古人骨のDNAの真相を突き止めるべく動き出し、予測もつかない大きな企みに巻き込まれていく――。

 この作品を、読書家としても知られるフリーアナウンサー・俳優の宇垣美里さんに読んでいただいた。国内外の小説を読み漁ってきた宇垣さんの目に『一次元の挿し木』はどのように映ったのだろうか。

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目を離す暇がないまま、ブワーっと一気読み!

『一次元の挿し木』(松下龍之介/宝島社文庫)

――早速ですが、『一次元の挿し木』を読まれていかがでしたか?

宇垣美里さん(以下、宇垣):いきなり冒頭に「ヒマラヤ山中の氷河湖に眠る大量の骨」が登場するんですが、まずはその不穏さにグッと引き込まれましたね。そこからいわゆる謎が謎を呼ぶというか、一つ目の謎に入ったと思ったらまた次の謎へと深まる感じで、とにかく目を離す暇がない。そのまま思わずブワーッと一気に読みました。

――一気読みされたんですね!

宇垣:私、自分が止められないんです(笑)。割と一気読みする方なんですけど、この本は完全にそれでしたね。ほんと1~2時間で一気読み。ご飯のちょっと前くらいに読み始め、途中でご飯を食べるつもりだったのにやめられなくて、読み終わったら空腹でもう倒れそうになっていました(笑)。

――1~2時間は速いのではないでしょうか!?

宇垣:私はチューニングといいますか、「この本の世界に入れるかどうか?」のジャッジが割と早いんですよ。この作品はすぐに入り込めました。謎はたくさんあるけれどスイスイ読めるし、次が気になってどんどん読み進めてしまうし……。なので止める場所がなかったという。話者の視点や時間軸がどんどん移るのも、違う角度から物語を見ることができるので面白かったです。とにかく没頭して読めるので「新幹線で読みたいんだけど何がいい?」とか聞かれたらお勧めします。読書に慣れていない人でも手に取りやすい。けれどしっかり本格的だし、間口が広いのでいろいろな人にお勧めしたいです。

――確かにグイグイ読ませるので、普段は小説ではなく漫画やゲーム、という方でも楽しめそうです。

宇垣:普段読み慣れていない方は読書自体のハードルが高いのかもしれないけれど、この本はストーリーの勢いで能動的に読ませる推進力のある作品なので楽しめると思います。私は映画も、舞台も、ドラマも好きですけど、本だからこそ得られるものがあると思っていますし、本を楽しむチャンネルも持っていた方が生活は豊かになると思っています。

――タイトルの『一次元の挿し木』ってちょっと謎めいていませんか?

宇垣:「一次元ってSF?」とか「挿し木って?」など思いましたけど、読み終わると「そういうことかー」と納得しました。謎めいていて引っかかりのあるタイトルですし、いい意味で覚えやすさというかキャッチーさがあるのかなと思います。

――一番印象に残ったのはどんなところですか?

宇垣:要素が多いので迷いますけど、やっぱり冒頭ですね。骨が大量に見つかった湖なんて実在するのか調べてしまったくらい魅力的でした。キャラクターとしては牛尾(牛革の帽子を被った謎の大男)が怖すぎました。ちょっと異質すぎるゆえに締まるというか、出てくるだけで強制的に暗がりに連れ込まれるような感じがあって、登場するたびに「また出た!」と思いながらちょっとワクワクしていました。「今度はどんな酷いことをするんだろう」みたいな感じです。

――牛尾、確かに強烈なキャラクターでした。

宇垣:化け物のような怖さがあるキャラなんですけど、そのバックボーンがだんだん描かれていくことで、その悲しみのようなものも見えてきて、それも含めて非常に面白かったです。牛尾が現れるときにいつも「ちゃぽん」という音がするんですが、その音が本当に聞こえてくるかのようで、すごく想像しやすくて、引き込まれました。

――想像するときって、たとえば俳優さんなどリアルな人を当てはめて考えますか?

宇垣:私の場合はあんまり実在の人にはしないですね。よっぽど「うわーっ、◯◯さんっぽい」と思う以外は。人というよりも「この人の画風っぽい」みたいな、漫画などを思い浮かべたりすることの方が多くて、この作品はたとえば「登場人物の兄と妹(七瀬悠と紫陽)は『花とゆめ』系だな」とか思いました。ただ、そういう補助線が全く必要ない本もあれば、そういう風に想像した方がより読みやすくなる本もあると思います。脳内のことなんて自分の勝手にできるので、それも読書ならではの楽しみかなと思います。たとえば「絶世の美女」について言葉を尽くして書いてあったとして、それぞれの人にとっての絶世の美女を想像することができるのが本の良さですし、より自分に寄せた世界を構築することができる。だから私は本が好きなんです。

――この本は『このミステリーがすごい!』大賞の文庫グランプリ受賞作ですが、これまでにも『このミス』大賞の受賞作を読まれたことはありますか?

宇垣:ありますあります。最近だと『元彼の遺言状』(新川帆立/宝島社文庫)とか。『チーム・バチスタの栄光』(海堂尊/宝島社文庫)も読んだし、『さよならドビュッシー』(中山七里/宝島社文庫)もすごく好きでした。賞という形でお勧めされると手に取りたくなりますし、賞全体として手に取りやすい作品が多いと思います。今年の『一次元の挿し木』もデビュー作らしい勢いがすごくてグイグイ読ませる。次から次へとこれもこれもこれも、という感じのパワーに圧倒されて面白かったですし、この作家さんの2作目3作目はどうなっていくのかも楽しみです。

自信を持ってオススメできる本しか紹介しない

――本の紹介をよくされている宇垣さんですが、「自信を持ってオススメできる本」しか紹介しないとか?

宇垣:そうですね。本だけじゃなくて映画もですが、基本的に「これはお勧めしたい!」と思えるものを紹介するようにしています。でもそのためには、まず一度読んだり観たりしないといけないわけで、それはちょっと大変です。この前読んだ本は800ページほどあって、一瞬「はぁ~っ」て(笑)。ものすごく面白かったから読んで良かったのですが、読みながら「これは面白くなかったらえらいことやで」とは思いましたね。

――ちなみに普段はどのように本を探しているのですか?

宇垣:水曜パートナーである「アフター6ジャンクション2」(TBSラジオ)で、
RHYMESTERの宇多丸さんやゲストで来てくださるいろいろな方からお勧めの本を教えてもらえますね。それから読書好きの友達のお勧めをポチッとしたりとか、本屋さんを回ってジャケ買いしたりとか。本屋さんは行くと買いすぎてしまうので月1~2回くらいに抑えています。

――読む時間を捻出するのは苦労しませんか?

宇垣:寝ない!……というのは冗談ですが、私にとって「食事の時間をどうやってとっているんですか?」に近い質問というか、本を読む時間がないと苦しいですし、何のために生きているんだろうみたいな気持ちになるんですよね。映画もそうですが、エンタメに触れる時間がないとちょっとしんどくなってしまう。お菓子食べるような感じというか、嗜好品だから死ぬわけではないのですが、もう無い頃には戻れない。そういった意味で「捻出」というよりも「そのために生きている」という心持ちで、その合間に仕事をしています(笑)。

――小さい頃から読書家なのですか?

宇垣:幼稚園生の頃から親がたくさん本を与えてくれて、家にある本じゃ足りなくなったら図書館にも連れて行ってくれました。図書館では毎週、私と父と母の3人分の図書カードで20冊以上借りて、次の週には全部返してまた借りて……ということをしていました。

――読書のどんなところに惹きつけられたのだと思いますか?

宇垣:私の場合、本の中でも特に物語やエッセイが好きです。自分はお姫様にはなれないですし、もちろん男性にも宇宙飛行士にもなれないのですが、本の中では「なれる」という楽しみがあります。そして自分とは全く関係のない、共通点もあるはずないと思っていた人物が、私が言いたかったことを言葉にしてくれたときにとても嬉しかったりとか、「私が感じていたもやもやはこれだったんだ」という救いがあったりとか、「私だけじゃなかったんだ」というホッとする瞬間があったりとか……そういう体験が好きなんです。あとは読んでいる間は、私は私ではない人になれるじゃないですか。違う世界に入るのは究極の現実逃避で、その時間だけは宿題とか締め切りとか、もっと大きな悲しい現実とか、そういうものから逃れることができる。とても大事なことだと思います。

――ちなみに、多くの物語を読むことで「自分も書きたい」と思いませんか?

宇垣:読めば読むほど「書けるわけない!」と思ってしまいます。もちろん私も表現することは大好きなので、いつか小説とか物語の形で思っていることを表現できたらどれだけいいだろうとは思いますけど、「書きたいです! 書けます!」とは言えません。なぜなら物語は私にとってとても神聖なものですし、自分の中のハードルが上がりすぎているので「そんな簡単なものではない」と思うんです。読みすぎてしまったゆえに書けないという。実際、文章をいろいろなところで書かせていただいていますが、自分の中では「あー、これって◯◯さんっぽい」といった読書からの影響をとても感じてしまいます。

――最後に、本好きならではの悩みですが、手に入れた本はどうされていますか? ある程度増えたら処分されていますか?

宇垣:捨てないです。なので家の床が終わっています(笑)。いただいた本がすでに蔵書と被った場合などは誰かにあげたりしますけど、それ以外は基本的に手元に置いていますね。私は本棚を「SFゾーン」や「韓国文学ゾーン」などとゾーン分けをしていて、たまに並び替えるのが好きなんです。今はこっちの方を前面に出したい気分とか、そんな感じで。「今、私がこれを読んでいると思われたい」とか、「これが好きだと見られたい」みたいな感じで、最強の本棚を作って楽しんでいます。

――「見せ本棚」ですね!

宇垣:自分で楽しむだけですけど、大好きです「見せ本棚」(笑)。「一番いい」と思う並びや「おしゃれ」「かっこいい」「センスある」と自分で思う並びにするのがすごく好きなんですよ。「今までだったらこっちだったけど、この本が新しく入るならこっちと一緒に並べた方がいい」とか変わったりしますし、「作者も違うし時代も違うけど、この作品とこの作品は繋がっている」というような発見もいろいろありますし……本当に本は、私にとってなくてはならない大事なものです。本を読んでいないと自分に何かが足りなくなってくるというか。これからもどんどんインプットしていきたいなと思います。

取材・文=荒井理恵 撮影=干川修 ヘアメイク=山下智子 スタイリング=小川未久
衣装協力=ジャケット・ジャンパースカート・スカート/すべてナウンレス(アイエムエヌケー)、右耳のイヤーカフ/masae、ネックレス/vihod(ロードス)、左耳のイヤーカフ/エテ ビジュー、バングル/エテ、リング/ジュエッテ

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