毒で村人を皆殺し⁉︎陰謀に巻き込まれる民を救うため、封鎖された村へ潜入する。北方謙三、伝説の剣戟小説・第3弾『絶影の剣』【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/3/18

絶影の剣 日向景一郎シリーズ 3<新装版>北方謙三/双葉社

 シリーズ史上最高の社会派ドラマが展開されたのではないだろうか? 『絶影の剣 日向景一郎シリーズ 3<新装版>』(北方謙三/双葉社)は、名作を新装版として5カ月連続刊行している、その第3弾である。

 読後感は「放心」が一番合っているように思う。ここまでの「骨太の絶望」と、人間の光と闇を「見せつけられる」作品は昨今、誕生していないのではないか。

 あらすじはこうである。

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 前作からおよそ5年後。30歳になった日向景一郎(ひなた・けいいちろう)は江戸の薬草園の寮で穏やかな日々を送っていた。物語は医師の丸尾修理(まるお・しゅり)に薬草の種子を届けるため、景一郎と弟の森之助が一関(岩手県)へ向かうところから始まる。修理はかつて江戸の薬草園で過ごしたことがあり、景一郎も顔見知りで好感を抱く人物であった。

 景一郎と森之助は一関に到着する。そこで修理から「ある問題」について聞く。

 近くの山の村が疫病に侵され藩によって封鎖されているのだが、原因は疫病ではなく毒であるのに、隠蔽されているとのこと。村にはおよそ600人の村民がいる。しかし封鎖されている今、毒消しの薬を届けることもできず見殺しになっている状態だ。医師として看過できない修理は、封鎖された村へ潜入するため、景一郎に護衛を頼むのであった。

 いざ村へ入ってみると、やはり原因は疫病ではなく、何者かによって川の飲み水に毒が入れられ、村人は徐々に弱り命を落としていたのだと分かる。一体なぜ、誰が、そんなむごいことを。次第に明らかになるのは、大いなる「権力」の思惑で――。

 冒頭にも書いたが、本作は「骨太な」物語である。中盤、毒によって多くの人が死んでいくという、かなりヘヴィーな展開があるのだが、その絶望感に、私は圧倒されてしまった。軽いショック状態のようにさえなった。

 そんな読者の衝撃に対し、景一郎はとてつもなく強く、襲い掛かる敵をいとも簡単に倒してしまう。どんな状況でも取り乱すことなく己の軸を強く持つ景一郎は、相変わらず常人には理解できない思考の持ち主だが、頼もしく魅力的で、本作では“主人公感”を強く感じた。

 もう一人の主人公、修理のことも語らないわけにはいかないだろう。彼は正義感に溢れた善人として登場する。医師として、決してお上の権力に負けず、人命を救うため命を賭して行動するのだ。誰もが好感を持つ、美しいまでの主人公である。

 しかし中盤以降、ある絶望的な出来事がきっかけで狂っていく。あれほどまでに善良だった主人公が、恐ろしい闇に飲まれ、狂気に満ちたある行動に出る――。それでも彼は最後の最後でなけなしの人間性を読者に見せる。

 本作では修理を通して人間の美しさを知り、その美しさが粉々に砕け散る瞬間を見て、暗い闇に転落し、そしてその闇の中でも消えない美しさをみることができる、本当に「骨太」な作品だった。

 抽象的で分かりづらい表現になってしまったが、ネタバレをするわけにはいかないので、ご容赦頂ければ幸いである。ぜひ実際に読んでもらい、人間の光と闇に圧倒されてほしい。

 1作目から3作目にかけて、ここまで色合いが違うシリーズも珍しいはずだ。4作目はまたどういった展開になっていくのだろうか。楽しみで仕方がない。

文=雨野裾

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