完全無欠のモテ男に隠された裏の顔。「普通」になりたい高校生たちが抱える“死んでも人には言えないヒミツ”とは?【書評】
公開日:2025/4/4

大人の顔をして暮らしていても、時折、10代の自分が顔を覗かせることがある。ズルくて、わがままで、人を遠ざけながらも誰かに分かってほしいと願っていたあの頃の自分は酷く幼稚だったけれど、今よりもずっと人間らしかった気がする。
『死んでも人に言えないヒミツ』(雨/スターツ出版)は、そんな“あの頃の私”に会える1冊だ。本作は、スターツ出版文庫で開設された新レーベル「スターツ出版文庫アンチブルー」の第1弾。心の奥にしまい込んだ感情が疼く、綺麗ごとだけではない青春小説である。
主人公の滝 栞奈(かんな)は、みんなから好かれる優等生。だが、本人は周りに合わせてしまう自分が大嫌いだ。自分の意志をしっかり持っている友人への妬みや実らない恋心を必死に隠して、「普通」のフリをしながらスクールライフを送っていた。
栞奈のクラスには、完全無欠の人気者・名島皐月がいる。皐月は女子から人気があり、「顔よし頭よしのリアコ(※リアルに恋している)製造機」と、もてはやされるほどの人気者。だが、栞奈は皐月の笑顔を胡散臭く感じており、彼のことが苦手だった。
ところが、栞奈はひょんなことから皐月の裏の顔を知ってしまう。それにより、ふたりは急接近。そして、栞奈もまた“隠し通したい秘密”がバレ、さらに思いがけないカミングアウトを受けて皐月の秘密を知ってしまうことに。
“死んでも人に言いたくない秘密”を共有したふたりは一緒に過ごす時間が増え、次第に心を通わせるように。だが、そんな矢先、皐月の秘密がバレてしまい、校内は大騒ぎ。見て見ぬフリできない栞奈は自分でも驚く行動に出るのだった――。
こうしたあらすじを見ると、本作は10代の初々しい恋が描かれたラブストーリーのように思えるかもしれない。だが、実際は報われない想いをなんとか受け入れようともがく、若者たちの葛藤の話だ。
一貫してテーマとなっているのは、社会に存在する「普通」に抗いつつ、“自分の普通”を貫き通すことの難しさ。著者は巧みな心理描写を通して、“世間一般の普通”では「あり得ない」と片付けられやすい感情の重みをリアルに描いている。
この社会には人の数だけ「普通の基準」が存在しており、なにげなく口にした言葉が誰かの望む「普通」を傷つけることもある。栞奈たちの秘密は、自分が思う「普通」を見つめ直すきっかけにもなるはずだ。
10代やスクールライフを題材にした物語は、学校という場所に苦い思い出があると手に取るのを躊躇ってしまうこともあるだろう。だが、本作はそうした方にこそ、触れてほしい作品である。なぜなら、不器用ながらも必死に生きていた“あの頃の自分”を違った角度で受け止められるようになるかもしれないからだ。
学校という場所は、時に残酷である。限られた枠の中で価値観が合う友を見つけることは難しく、さまざまな気持ちを隠して人間関係を構築していかねばならない青春は決して楽なものではない。いい子の仮面で友への嫉妬を上手く隠し、周囲の目を気にして保身に走る自分のズルさにうんざりした経験をした人も多いのではないだろうか。
そうしたネガティブな感情は醜いと自覚しているからこそ、“なかったもの”にしてしまいたい。友人と語らうのは、綺麗な青春の記憶だけでいい。そう思うこともあるかもしれないが、周囲の目を気にする栞奈や、いい人を演じる皐月など本作に登場するキャラクターの葛藤に触れると、青かった頃の泥臭い自分の捉え方が少し変わる。
ドロドロとした感情を抱えながらも一生懸命生きていた自分は、なんて愛しいのだろうと思えたのだ。もしかしたら、本作が本当に伝えたいのは、“隠したいほど大事な想いの受け入れ方”なのもしれない。
私たちは全員特別な、唯一無二の個体。みんな、自分と異なる「普通」に夢を見て、生きている。
多様性という言葉が広まってきた今の時代でも、この言葉に救われる人はきっと多い。周囲がやたらと眩しく見えて劣等感が膨らむ10代はもちろん、青春などとっくに過ぎた大人世代も救いを見つけられる本作、幅広い世代に届いてほしい。
文=古川諭香