『ハリー・ポッター』の出版社が新たなファンタジー童話を刊行! お話の力で魔法のように子どもたちを魅了する短編集【書評】
公開日:2025/4/9

マグルスウィックの森。それは、イングランドの北東部にある、紫のヒースの花で覆われた場所。近くには崩れかけた小さな修道院や、羊がいる草原があり、清らかな水をたたえた深い川も流れている。そんな場所を舞台にした物語を、「ハリー・ポッター」シリーズで知られるブルームズベリー社が新たに刊行した、と聞いたらそれだけで胸をときめかせてしまう。その物語の名前は、『マグルスウィックの森のおはなし』(ヴィッキー・カウイー:作、チャーリー・マッケジー:絵、小宮由:訳/主婦の友社)。ただし、登場するのは魔法使いではなく、お話の力で魔法のように子どもたちを魅了し、夢の世界に誘ってくれるおばあさんである。
おばあさんは、5人の子どもたちがベッドに入ると、それぞれにマグルスウィックの森や、その周辺にまつわる不思議なお話をしてくれる。赤い帽子をかぶってひげをはやしたノーム(小人のような存在)や動物たちと一緒に森を散歩して、どんぐりのスツールと赤いキノコのテーブルで午後のお茶を楽しんだ女の子のこと。どんな願い事もかなうらしいコフキガネを拾った男の子のこと。森のはずれにある古びたスニッティントン屋敷と、そこに棲みついた小さなはずかしがりやの妖精。マグルスウィックの砦に住んでいた、もぐらに戦争をしかけたヒュー少佐。そして満月の晩、スピノサスモモの茂みで催される舞踏会に招かれた森の妖精ニンフと、おそろしい馬の精霊・ケルピー。

大自然にひそむ5つの物語は、子どもたちだけでなく、かつて日常のすきまに妖精や妖怪が存在しているかもしれないと想像したことのある人なら誰しも、胸をはずませることだろう。個人的に、とくに好きだったのが3話目の「スニッティントン屋敷のひみつ」。小さなはずかしがりやの妖精は名をブラウニーといい、プラムケーキ夫人は彼が心地よく一緒に暮らせるように、最大限気を配ってきた。そのかわりブラウニーは頼まれなくても家をそうじしてくれるけど、お金は絶対受けとらなくて、きむずかしい。機嫌を損ねると、それはそれはおそろしい、ビースト・ボガートになってしまうのに、新しい住人となる男はその存在をまるっきり無視。となればふつうは、男を待ち受けているのはあわれな末路なのだけど……。
そうはならないのが、とてもよかった。もちろん男は散々な目に遭うのだが、プラムケーキ夫人とはまるで違う、おもわぬ形で彼とともに生きていくこととなる。妖精や人ならざる存在と同じ世界に生きるということは、そういうことなのだと思わせてくれる。つまり、こちらの思うように相手をコントロールすることはできないし、どんなに親切そうに見えても、対応をまちがえば牙をむく。馬の精霊・ケルピーもそうだ。その美しさに魅せられてふらふらと近寄ったら、痛い目に遭ってしまう。でも、それでも彼らが存在できる世界は豊かで、美しくて、守り抜かれてほしいものだな、と思わされる魅力が本作には詰まっている。

もっともっと、マルグスウィックの森に住むものたちの話を聞きたいと思ったら、今度は想像してみるといい。森の奥深くに息づいているだろう彼らが、どんな姿をしているか。そんな想像をかきたてられる物語である。


文=立花もも