【2025年本屋大賞ノミネート作レビュー】主人公は高校球児の母。球児の親を縛る「父母会心得」、監督への“賄賂”もどきも!?――早見和真『アルプス席の母』

文芸・カルチャー

公開日:2025/4/5

アルプス席の母早見和真/小学館

アルプス席の母』(早見和真/小学館)は、高校球児の母親が主人公という、新しい視点の野球小説だ。

 事故で夫を亡くし、女手ひとつで息子を育てる奈々子は、中学3年生の航太郎の進学で悩んでいた。投手として才能あふれる航太郎が目指すのは甲子園。進学を希望しているのは、大阪の強豪校・山藤学園だ。

 しかし神奈川で暮らす航太郎には伝手もなく、また運良く山藤の監督と話す機会を得たものの、先方の興味は全くない様子。

advertisement

 結局航太郎は、同じく大阪にある歴史は浅いが特待生として受け入れてくれる希望学園高等学校の野球部に入り、寮生活が始まる。

 奈々子も、「打倒山藤」「甲子園出場」「高卒でプロ」という息子の夢を見守るため、高校の近くに住み、慣れない環境で新生活を始める。だが、大阪人の「半歩近い」距離感に困惑する彼女に、更なる「新文化」が襲い掛かる。

 高校球児の親たちの集まり「父母会」だ。

 十数ページにもわたるという「父母会心得」に縛られ、高校球児並みの「規律」と「体育会系の厳しさ」が、親にも求められることを知った奈々子。

 さまざまな理不尽や、上級生の親からのやっかみ(航太郎が1年生でレギュラー選手なので)に苛まれながらも、息子の夢を応援するため、そして自分の欲望――息子の活躍をもっと見たい――のため、「母の戦い」を繰り広げるのであった。

 高校球児を題材にした作品は数多くあるものの、その母親が主人公という小説は珍しいのではないだろうか?

 おまけのような形で、母親の心情「も」描くという小説はあるだろうが、本作のスポットライトは母親たちのみに強く当てられている。

 その証拠に、航太郎の独白や、彼だけの視点描写が殆どないのだ。「母親の奈々子視点」や「第三者から奈々子が聞いた様子」しか描かれていないと言っても過言ではない。

 これほどまでに母親視点を重視した「新しい切り口」は、本作の大きな魅力のひとつである。

 とは言え読む前は「親の話じゃどうしたって地味になるのでは?」とも思ったのだが、全くそんなことはなかった。

 高校球児に数々のドラマがあるように、その父母たちにもドラマがある。「自分のことではない」からこそ、生まれる葛藤もあると分かった。

 例えば、会計係を任された奈々子は、ともすると監督への賄賂のような寄付金集めをさせられるのだが、監督に物申すことはできない。息子がレギュラーから降ろされてしまうかもしれないからだ。決して気弱ではない奈々子は、正論をグッと飲み込んで、息子のために我慢する。

 また奈々子の視点で語られる物語だからこそ、より子どもの成長の早さを実感できた。

 中盤、エースだった航太郎にあるアクシデントが起きる。当然、奈々子は息子が悩み苦しんでいるはずだと心配するのだが、当の本人はなぜか活き活きとし、以前より楽しいなんて言っている。

 はたまた、いつの間にか彼女が出来て、いつの間にか別れていたり。早起きが苦手だと思っていたのに、寮ではチームメイトを起こす役割をしていたり。

 奈々子の心配をよそに、航太郎は全く予想外の成長をしているのだ。

 母子(おやこ)とは不思議だと感じた。血が繋がっていて、ずっと一緒に暮らしていたのに、お互いのことを分かっているようで全く分かっていない。でも時に痛いほどの図星をつける。ゆっくりと道が分かれていき、時に合流し、また分かれていく。
 この母子関係のリアルさ。噛み合っていないようで切っても切れない関係性を、ドラマチックな野球の夏の大会と共に感じられるのも、本作の魅力だと思う。

 2025年本屋大賞にノミネートもされている本作。大切な存在のために、夢中で頑張れることの美しさを、教えてもらえる一冊だった。

文=雨野裾

あわせて読みたい