直木賞作家・桜木紫乃が自身の父親をモデルに描いた1冊。「親の生き方を肯定するのは、子どものたいせつな仕事かなって」《インタビュー》

文芸・カルチャー

公開日:2025/4/9

――とくに、書けて良かったなと思える女性はいますか。

桜木 やはり里美……私の知らない母の姿ですね。最初から子育てに向いている人なんていない、と私は思っているのだけど、母はとくに向いていなくて、この小説に書いたとおりの人なんですよ。そんな母を、父のまなざしを通じて、職人として自立した女性として描けたのはよかった。親の生き方を肯定するのは、子どものたいせつな仕事かなって。それが、本当の意味で自分を肯定することにつながるんじゃないかな。もうすぐ60歳になろうという今、これを書けたのは、私自身が自分の人生を肯定できているからなんだなと思えて、それもまたひとつの発見でした。

――親の生き方を肯定することが、自分を肯定することにつながるという思いは、いつごろから抱いていたのでしょうか。

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桜木 『家族じまい』(集英社文庫)を書いたころでしょうか。あれも、猛夫という父と、サトミという母が登場し、二人の姉妹がその老いに直面するという小説で、内容は今作同様にフィクションなのだけど、家族構成は我が家と同じで、重なる部分も多々あります。その小説を通して、自分のことも親のことも客観的に眺めることができたとき、ネガティブな思いが残っていないという、とてもラクな気持ちになったんですよね。自分の人生は自分のものなのに、今起きている出来事に対する不満を誰かのせいにするのは、非常にもったいないことだよなあ、と思います。

――私たちは親という存在を飛び越えていけるはずだ、と以前別のインタビューでもおっしゃっていました。

桜木 自分に命を授けてくれたのはたしかに両親だけど、そこから先の生き方は尊敬する他人に学ぶことができると思ってるの。

――まさに、猛夫の生き方を通じて、それを感じました。どんな家に生まれてどんな理不尽に遭遇したとしても、誰と出会い、何を学び取るかで、人生は変わっていくのだな、と。

桜木 自分を産む親は選べないけど、生き方を教えてくれる人は選ぶことができる。そして、そういう人に出会えるかどうかは、自分にかかっているんですよね。親や、自分に不都合な誰かを悪く言い続けても、どうにもならない。ひととき、気持ちはラクになるかもしれないけれど、何も改善されないでしょう。前に進みたいと思うなら、そのときこそやせ我慢が必要かも。それと、自分だけのものさしをもつことも。人のものさしで現実をはかっても、やっぱり、ずれちゃいますよ。……この、根拠のない前向きさは私も猛夫に似たのかな。他人のつくった型に押し込められると、窮屈でしかたがないんですよね(笑)。

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