直木賞作家・桜木紫乃が自身の父親をモデルに描いた1冊。「親の生き方を肯定するのは、子どものたいせつな仕事かなって」《インタビュー》

文芸・カルチャー

公開日:2025/4/9

――本作を書き終えてみて、お父さまに対する想いは、なにか変わりましたか?

桜木 濡れ場まで書きましたからねえ(笑)。そこまで客観的に、フィクションとして父を見つめたので、この人のこと嫌いじゃないなあって思えたんです。そして、重複になりますが、やっぱり私はこの人の娘なんだなあ、とも。『氷平線』(文春文庫)という初めての単行本が出たとき、父が茶化して「小説なんか書いちゃって、直木賞でもとるつもり?」と笑ったんですよ。でも私が「自分の腕がどこまで伸びるのか知りたいんだよね」と答えると、ふとまじめな顔になって「お前はいったいどこまでいくんだろうな」って。そのときの父の表情が、とても印象的で。きっと娘である私を職人として認識したと同時に理容師という職人だったことを思い出したのかなと、なんとなく思ったんです。

――そのことを彷彿とさせられる場面が、まさに作中にありました。とても、印象に残っています。

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桜木 コツコツと題材を掘って、書くべきものを一つひとつ積み上げていく。そして作品として恥ずかしくないものに仕上げていきたい、という気持ちは父も職人時代に持っていたはずで。だから、職人時代の猛夫を書いているときが、最高に楽しかった。終盤は、山っ気を出して騙され大変なことになっていくという、しんどい展開になっていきますけども。その生き方は型破りと言われがちだけど、北海道にはこういう男が山ほどいるんですよ。どこにでもいる男のひとりなんです。

――そんな人生を、猛夫自身もラストで「悪くないよなあ」と笑って肯定します。〈俺たちを見て、みんな笑うんだろうなあ。俺たちも、そいつらを見て馬鹿だなあって笑うんだ。俺たちのことなんも知らないくせに、こいつら馬鹿だなあって〉というセリフが本当に、心に沁みました。

桜木 幼少期から始まり、これほどの長さを費やして人生を追わなければ、出てこなかったセリフでした。100パーセントではないけれど、私は彼の生き方を、わりといいところまで理解できたんじゃないのかな。ひとりの父親として、大事な登場人物のひとりとして、私は猛夫のことが嫌いじゃない。先ほど、生き方は他人に学ぶと話しましたけど、きっと私は死に方を彼から教わるんだろうなと、実はそんな思いもあるんです。

――生きることは滑稽だということも、刊行によせてコメントされていました。私たち読者もまた、生きることの滑稽さを本作から学んだような気がします。やせ我慢をしながら前に進む力とともに。

桜木 滑稽、というのは、私にとってここ一番で使う言葉なんですけれど、「笑われてなんぼ」という気持ちも込めているんですよね。フィクションだからこそ炙り出された猛夫の人生があり、その人生をなぞるように私も私だけの人生を歩んでいる。どうぞ笑ってください、猛夫のことも、私のことも。今はそんな気持ちなんですよ。

取材・文=立花もも 撮影=島本絵梨佳

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