山で出会った奇怪な老婆、恐ろしい村の風習——。“最強の一族”に挑む日向兄弟の運命は?北方謙三、伝説の剣豪小説シリーズ第4弾【書評】
PR 公開日:2025/4/15

5カ月連続刊行している不朽の名作『鬼哭の剣 日向景一郎シリーズ 4<新装版>』(北方謙三/双葉社)が発売された。
ここまで巻ごとに、色合いの違ったストーリーと神業剣戟アクションで読者を夢中にさせてきた本作だが、果たして4作目はどういった内容なのか。私もワクワクしながら読ませてもらった。
一言で言えば、「森之助、成長編」。そしてシリーズの中では最も「少年マンガ的展開」だったのではないだろうか。
あらすじはこうである。
15歳になった森之助は、江戸でお世話になっている薬種問屋の杉屋清六に頼まれ、糸魚川(今の新潟県)の城下に向かっていた。詳しい事情は分からないが、薬草師の菱田多三郎(ひしだ・たざぶろう)のために50両を届ける必要があったのだ。その山中、身なりが汚く杖をついた奇怪な老婆に出会う。この老婆との出会いが悲劇の始まりであることを、森之助はまだ知らない。
無事に多三郎に出会えた森之助だったが、多三郎は近くの海で取れる海藻が自分の求めている薬になるはずだと、森之助や地元の海女・お鉄に頼んで海藻を取って来させ、小屋に籠り薬作りに熱中する。
しかし怪しい薬を作っているのではないかと藩の役人に目を付けられ、多三郎は連れて行かれてしまう。森之助の兄、日向景一郎(ひなた・けいいちろう)もやって来るのだが、事情を説明しても、多三郎が牢屋から出されることはなかった。どうやらこの一件、何か森之助たちのあずかり知らない「事情」があるようだ。徐々に明らかになっていくのは、奇怪な老婆の生まれとも関わる「とある村」の「とある風習」。そして剣豪として名高い柳生流との、恐ろしい関係であった……。
冒頭でも述べた通り、本作は森之助の成長譚と言えるだろう。前作でも相当な修羅場を乗り越えた森之助だったが、今回は自分より遥かに格上の相手と闘い、命を失うギリギリのところで勝利する。そういった死闘を何度も繰り返し、その都度に恐るべき勢いで成長していく。
また恋も知る。海女のお鉄と恋仲になり蜜月を過ごすものの、お鉄が他の男と寝ているところを見て嫉妬したり憤りを抱いたり、兄の景一郎ほどではないが、前作までどこか浮世離れしていた森之助が「10代の青年」らしいところを大いに見せてくれる。
お鉄との関係は悲しい終わり方をするのだが、その悲しみがまた、きっと彼を強くするはずだ。その強さは、景一郎にはないものになるのではないだろうか。
一方で、景一郎も少年マンガらしい動きをしているように感じた。
彼ならどんな相手でも難なく倒せるのだが、森之助を成長させるためなのか、本人の中で理屈が通らないからか、彼の中の義憤なのか、今回はほとんど手出しはせず、「こんな絶望的な状況なのになんで助けてくれないの?」と読者も森之助の周囲の人間も感じる中、本当に手助けしてくれない。
しかし実は裏で、誰よりも強敵と闘っており陰で森之助たちを救っていた……という、なんともカッコイイ動きをしていたのだ(本人に救っている自覚がないのもよい)。
前作に引き続き、大勢の罪のない人が理不尽に殺されたりと(しかも今回は10代の少年たちというツラさ……)重たい展開はあるものの、森之助を主人公に据えた少年マンガ的魅力が詰まった展開には、ハラハラドキドキしながら大いに楽しませてもらった。
死闘、恋の終わりを乗り越え、森之助は兄への恐怖心を克服する。さて、次回の最終巻。二人の宿命の対決やいかに。
文=雨野裾