現代の殺人事件が、2000年前のユダヤの秘宝とつながっていた?読者を古代ロマンの旅へと誘う、壮大な歴史ミステリー【書評】

文芸・カルチャー

PR 公開日:2025/4/30

マサダの箱越ナオム/知道出版

 私たちが生きる現在と地続きであるものの、不確定な部分も多い、歴史。史料をもとにイマジネーションを駆使して過去のドラマに思いを巡らせる面白さや、考察次第で無限に広がる物語の可能性に惹かれる歴史愛好家も多いのではないだろうか。特に古代史は、多くの謎が残されているため、歴史好きの探求心をくすぐる。そんな古代と現代をダイナミックにつなぐミステリー小説が『マサダの箱』(越ナオム/知道出版)だ。

 時は現代。東京と出雲で、初老の男性2人の遺体が発見される。警察は事件性を疑い、捜査をスタート。2人の自宅からは、古代の祭器である銅鐸と銅剣が見つかり、そこには古代ヘブライ語の文字が記されていた。警察庁警部補の小坂柚月と、考古学の研究員である南雲光は、男性宅に残された暗号や史実を手がかりに、出雲、そして長野の安曇野へと場所を移しながら、事件を追う。捜査を進めるうちにふたりは、約2000年前のユダヤ人が残した「マサダの箱」の存在が事件の鍵を握るのではと思い至り――。

 現代の殺人事件の捜査と、第一次ユダヤ戦争終結へとつながったマサダの砦陥落や、出雲の国譲り伝説といった古代の物語が、かわるがわる、濃厚に綴られていく。遠くかけ離れた過去と現在が、物語が進む中で緻密にリンクし、殺人事件の真相へとつながっていく展開がスリリングだ。古代史や旧約聖書の物語が好きな読者は、事件の背景をよりリアルに理解できると同時に、自分の歴史に対する知識をさらに深めるような感覚で本書を楽しめるのではないだろうか。

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 文武両道のエリートだがどこか抜けている柚月と、爽やかなルックスながら根っからの考古学オタクの光のコンビも魅力的。お互いのちょっとズレた部分にツッコみあいながら、事件や歴史について真剣に議論するふたりは、時に、マニアックな歴史トークを純粋に楽しんでいるようで、その軽妙な会話に引き込まれる。しかし、柔軟性と度胸が武器の柚月と、膨大な知識と考察力を持つ光のタッグは強力で、そんな彼らが、時を超えた難題に挑む姿が痛快だ。

 そして本書のもうひとつの魅力は、マサダの箱、そして現代に起こる事件をめぐる人間ドラマだ。古代のユダヤ人たちは、歴史や伝説上の人物としてというより、大切なものを守るために迷い戦うひとりの人間として描かれる。大切な人の存在に力を得て前に進む者、葛藤の末に裏切る道を選んだ者、自分の行いは正しかったのか?と苦しむ者。彼らは想像を絶する境遇にいるものの、その人間くさい姿に、今を生きる読者も共感せずにはいられないはずだ。

現代の事件に関わる人々の生きざまや苦しみも、徐々にあぶり出されていく。それぞれの人間ドラマを前にして読者は、過去に生きた人々の歩んだ軌跡や思いが、自分自身の生命へと受け継がれていることを思い知るだろう。登場人物と一緒に考察にふけり、予想外の展開に驚きながら物語を楽しんでいるうちに、いつの間にか歴史に背中を押されている。本書は、そんな不思議で壮大な歴史ミステリーだ。

文=川辺美希

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